-84- 意味のない張り込み
早朝、正確には深夜からアパートの一室の窓を眺めながら刑事の霧川は張り込んでいた。ただ、その張り込みの意味をもうひとつ霧川は飲み込めていなかった。というのは、張り込む必要があるのかが分からなかったからだ。張り込みの相手は、社会悪の資金を盗み、困っている人々に金をばら撒く現代の義賊、鼬小僧と目される容疑者だった。いや、正確に言えば、容疑者までもいかないただの嫌疑者だったのである。いやいや、もっと正確に言えば、嫌疑者までもいかないそれらしき男だった。先輩刑事の霞は急用が出来たため、網を張ることを命じて帰宅したため、仕方なく霧川は一人で張り込んでいたのだ。
長い時間、何の変化もない状況で張り込んでいれば、さすがに疲れも出るし腹も減ってくる。向かいのアパートの空き室を霞が大家に訳を言って借り、張り込んだまではよかったが、霧川のテンションは今一、上がらなかった。命じた霞の顔を思い浮かべながら、霧川は霞が網をかける・・霞網だな…と、笑みを浮かべウトウトし始めた。
その頃、やかましく怒る妻の雷鳴のような声を浴びながら、霧川は頼まれた急用を片づけていた。急用とは、ようやく授かった遅れ子のオシメのミシンがけである。これでどうしてどうして、霧川はなかなか器用で、裁縫・・特にミシンがけは得意としていた。ガチャガチャガチャ…と霧川がかけるミシンの音が響いた。霧川は、意味のない張り込みだな…と、ミシンを踏みながら張り込ませた霧川の労を思った。
完
※ 鼬小僧は、-35- に登場した天秤小僧の弟子です。^^