-83- どこか変な捜査
七夕署 所轄の星川交番である。今朝はよく晴れたな…と、交番前で空を見上げる巡査の彦野は三年前、とある事件を担当していた刑事だったが、どこか変な捜査の結果、責任を一身に負って左遷させられた哀れな警官だった。どこか変な捜査とは釣りの最中に起きた事件? である。釣り人の釣り針が、うっかり他の釣り人の服に引っかかり、釣り針を取ろうとした釣り人が海に転落したのである。その釣り人は軽傷を負い、風邪を引いてしまったのだ。数日後、その落ちた釣り人は過失傷害による治療費請求と賠償金の支払い請求の訴訟を起こしたのである。訴えた者の過失による単なる転落なのか? あるいは過失責任があったのか? 捜査は難航した。彦野は当然、現場を捜査した。その結果、被害者と言い張る釣り人が座っていた岩は長年の海風と海水により、確かにぬかるんでいた。自らの転落による事故ならば捜査の対象とはならない。事件なのか、事故なのか? そのときの状況は、当事者以外の釣り人に聞き込む以外なかった。
「どうなんですかね?」
「なにが、です?」
「いえ、その釣り針が引っかかったときの状況です」
「ははは…すみません。そのとき私、アタリがあったんで必死でしたから、見ておりません」
「…いや、どうも!」
こんなハズレ籤を引くような変な捜査が来る日も来る日も彦野に続いた。決め手となる証言を得られないまま捜査は終結した。一件は示談が成立し、治療費請求と相応した賠償金の支払い条件で訴訟が取り下げられ解決した。彦野は決め手を掴めなかった全責任を一身に負い、交番へ左遷されたのである。
「あの…すみません。あのとき見ていた織女と申します」
「はあ?」
そんなある日、星川交番へ一人の若い女性が入ってきた。彦野は訝しげにその女性を見た。
「海へ転落された方の…」
「ああ! アレですか。アレはもういいんです、終わりましたから」
「私、家政婦をしてるんですが偶然、通りかかった木蔭から見たんですっ! 」
「なにを?」
「自分で落ちられたのを…」
彦野は今更遅いわ…と思ったが、織女の美しさに、どこか変な捜査だったが、そうでもないか…と、別の意味で思い直した。
完