-82- 対応雑件
深夜、慌しい電話が目赤警察署にかかり、当直の端川はその対応に追われていた。
「はいっ! 子猫が家に入ってきて、ニャ~ニャ~と鳴く。はいっ! …うるさいってことですか? えっ? そうじゃない。? …というと、どういう?」
端川は電話の意味が分からず、逆に訊き返した。
『その鳴き声のなんと、かわいいことかっ! それで、ですね。その子猫、勝手に飼っていいものか、どうか…』
その電話を聞き終えた瞬間、端川は一瞬、イラッ! としたが、そこはグッ! と我慢した。
「ははは…捨て猫でしたら、いっこうにかまわないと思いますよっ。勝手に捨てれば動物愛護管理法により処罰の対象になりますがね」
苦笑で応じるのが関の山だったが、なんとか怒らず端川は電話の背丸に応じた。
こちらは猫交番である。
「はい、どうされました、ニャ~?」
「実は、うちの子供がニャゴりまして、ニャ~」
「えっ! ニャゴられたんですかっ!? それは偉いことですニャ! すぐ本署に連絡し、緊急配備していただきます、ニャ~。状況をもう少し詳しく、ニャ~…はいっ!」
猫交番の当直巡査は、母猫から詳細を訊き始めた。言っておくが、ニャゴられたとは、人間が言う行方不明になられた・・という意味である。
一方、こちらは交番の端川に電話をかけ、ホッ! と安堵した背丸だ。背丸は保護した子猫をナデナデしながら柔和な笑みを浮かべた。そしてその後はコトもなく幸せな時が進行していった。
他方、こちらの猫交番では、母猫が安否を心配する不幸な時を迎えていた。
「ひとっ走りして連絡はしてきましたが、ニャ~、…今のところ、見つかっておられません、ニャ~」
「そうですか、ニャ~」
二匹は交番の物置で項垂れた。
一方、こちらは満足この上ない背丸だ。冷蔵庫から買っておいたミルクを出し、小皿に注ぎ入れて子猫が座るフロア上へと置いた。お腹が空いていたのか、子猫はペチャペチャとすぐ舐め始め、小皿のミルクは、たちまち無くなった。
「おお! すぐ、取ってきてやるからな…」
そう言って背丸が冷蔵庫に向かった直後である。子猫は何を思ったのか、開いていた庭戸の隙間から外へ姿を晦ました。ミルクパックを手に戻ってきた背丸は異変に気づき、すぐ携帯を握った。
「あの…先ほど電話した子猫の者ですっ!」
『子猫の者? …ああ、はい! 子猫を拾われた方ですね?』
「はいっ! その方ですっ! あのっ! 探してもらえないでしょうかっ?」
背丸はうろたえていた。
『探すって、ははは…警察が、これからですか? ご冗談を』
端川は、この人、大丈夫か…と、一瞬、思ったが、思うに留め、笑い捨てた。
一方、こちらは猫交番である。項垂れた交番猫と母猫の二匹の前へ何食わぬ顔で入ってきたのは、ニャゴられたはずの子猫だった。三匹にたちまち幸せな時が訪れた。
他方、こちらは日直の端川に嫌味を言わた背丸だ。背丸は小皿を意気消沈して片づけながら、ふと思った。そうだ! 子猫などいなかったと思えば、それでいいじゃないか…と。その途端、背丸に幸せな時が訪れた。双方、幸せでメデタシ、メデタシとなる、こういうサスペンスもあるのだ。
完