-71- 事件の終着
漁川署の捜査本部である。事件は犯人逮捕で一件落着し、刑事達は勤務後の慰労会で一杯、やっていた。
「いや! 私はこの手のものは…」
茶碗に一升瓶の酒を注ごうとした小鮒を慌てて片手で止め、ペットボトルの烏龍茶を茶碗に注ぎ入れたのは新しく第一線に配属された諸子だった。諸子は酒が嫌いだとか下戸という訳ではなかった。表立って角が立たないよう、当たり障りがない苦手で飲めないことにしたのだ。
「ああ、そうか…。お疲れさんっ!」
小鮒は変なヤツだ…と蟠ることなく、笑顔で諸子の肩をポン! と一つ叩くと他の刑事達の方へ行った。一方、諸子の内心は蟠っていた。諸子にとって事件の終着は犯人逮捕ではなかった。一足のそれほどいいとは思えない安価な靴が盗まれ、その犯人が捕まって酒かいっ! といったところだった。まあ、連続窃盗犯の逮捕だったから、フツゥ~に考えればそれも頷けるのだが、諸子には頷けなかったのである。
「どうしたんだ、諸子君。元気がないじゃないか」
しばらくして声をかけたのは課長の波町である。私事ながら、このたび目出度く警視に昇格し、県警本部への異動が内定していた波町は、至ってご機嫌がよかった。
「いや、大丈夫です。少し疲れただけですから…」
諸子はまた方便を使った。方便とは、こんなときのためにある・・とでもいえる絶好のタイミングだった。
「そう? まあ、無理しないようにね」
「はい! 有難うございますっ」
波町は少し偉ぶり、余裕めいて言った。なにが無理しないようにねだっ! が、諸子の内心だったが、そうとは言えず、笑顔で軽くお辞儀した。諸子にとって、事件の終着は、なぜ犯人は高価な靴を盗らなかったのか・・の素朴な疑問が解けたときだった。
完