-70- 素直(すなお)な刑事
猿山署の刑事、手長は上司の警部、赤毛に今日も叱責されていた。しかし手長は素直に聞いていた。日々の馴れもあり、手長にはそう苦にはならなかった。というか、手長はすべてに素直だったのである。手長は署内で[フォローの風]と陰で呼ばれた。逆らう[オーム]や[アゲインスト]ではなかったからだ。署内では、ほぼ日常の行事的な繰り返しで、他の署員達も赤毛が手長を怒らない日は体調でも悪いのか・・と案じたくらいだった。
そんなある日、猿山署に事件が舞い込み、手長も現場へ急行した。事件は畑荒らしである。何者かにより多量の山芋が持ち去られたのである。現場は掘られたあとの土の乱れを残すのみで、これといった犯人を示す痕跡は認められなかった。
「フツゥ~は何か残すがねぇ?」
「どれくらいするもんなんですか?」
「馬鹿野郎! 俺が知るかっ!」
手長がつまらないことを訊き、赤毛にまた、どやされた。
「はあ…。私は窃盗ではなく、食べられたんだと思います」
「どうしてだっ!?」
「いや、理由はありません。ただ、山の裾野だということで、ただなんとなくですが…」
「ただなんとなく、どうだというんだ?」
「我が署みたいなものに…」
「我が署?! 聞き捨てならんなっ!」
「猿山署です」
「猿山署がどうしたというんだっ!? 猿山… …猿だというのかっ?」
「飽くまでも、みたいなものに、です。猪、その他の動物も考えられますが…」
「だったら事件じゃないじゃないかっ!」
赤毛は、ここぞとばかりに怒った。
「はい、事件ではないと思います…」
手長は素直に返した。
一件はその後、手長の予想したとおり、野生動物の被害として被害届が取り消され、素直に解決した。
完