-68- 遵法(じゅんぽう)とは?
物事は法解釈によって、さまざまな結果の違いを見せる。だから法は整備され、玉虫色の種々の色合いに見てとれるような曖昧模糊とした条文であってはならないのだ。現在、根本的な憲法すらそのような議論でユラユラと揺れているのだから、これはもうどうしようもない。
「いや、遵法速度ですからね」
「しかし、結果として渋滞を生じさせ、後続車の大事故に至ったんですから、その運転者の道義的責任はあるでしょうがっ!」
「確かに、それはあるでしょう。しかし、遵法速度で走っていた者が捕まるというのも、どうなんですかねぇ~」
「なにも捕まえるとは言ってないでしょうが。飽くまでも道義的責任が…」
警察庁長官官房では審議官の竿釣と鮎が激論を交わしていた。
「まあまあ、お二方…」
中に割って入ったのは、総括審議官の浮である。浮のひと声で、二人は矛を収めた。
「ははは…そういや、昭和4、50年代の遵法闘争で当局が警察出動を依頼したことがありましたな」
また口を挟んだのは、長官の要請で資料持参で立ち寄った警察庁OBの元長官、塩焼だった。
「ほう! そんなことがありましたか?」
浮は塩焼が座る応接椅子に目を向けた。
「はい…。当局だけでは手に負えず、出動要請があったすさまじい時代でしたよ」
「ああ、知っております。官公労のスト権ストの時代ですね」
浮は知識人ぶりを披瀝した。
「そうです! よく、ご存知で」
「いや、なに…。その当時の事件を調べたことがありまして…」
「いずれにしろ、遵法の定義づけは厄介ですなぁ」
塩焼が長老の貫禄を示し、枯れて言った。
「時に正義が正義でなくなることもある・・ということでしょうか?」
異動で次長椅子を密かに狙う浮は、長官と知己の塩焼にヨイショして言った。竿釣と鮎は、お好きな議論を…とばかりに、一礼すると退室した。遵法とは? ファジーこの上ない。
完