-64- 目撃者
目撃情報の正確さ・・を焦点に、目撃者を証人とする検察側、弁護側双方の丁々発止の法廷論争が裁判所で行われていた。
「ほう! すると、あなたは何人かの男に車で連れ去られる被害者を見ていた訳ですね?」
「はい、連れ去った男達の顔は特徴がありましたから、はっきりと覚えております」
「なるほど…。その連れ去った男達は、この法廷にいますか?」
「はい! 被告席の七人です」
「質問を終わります」
原告側の検察官が尋問を終えた。続いて弁護側の尋問が開始された。
「え~…厚生、労働、選挙、防衛、農政、電子データ、予算関係と、いろんな顔ぶれの連中ですが、こんな関連性がない被告人達が、日本さんを拉致したと、本当に思っておられるんですかっ?」
「いえ、それは…」
「ですよね。よく似た人達だった・・ということも考えられる訳です。すなわち、目撃者であるあなたの見間違いだった可能性もあるんじゃないですかっ?」
「異議ありっ! 誘導尋問ですっ! 取り消しを求めますっ!」
スクッ! と立ったのは検察官である。
「異議を認めます。弁護人は類推解釈による質問はしないように…」
前方の一段高い裁判官席に座る裁判長が弁護人を窘めた。
「分かりました。質問を変えます。国民さんは視力が、かなりお悪いとお聞きしておりますが…」
「はあ、お恥ずかしい話ですが、かなりのド近眼でございます」
「ははは…お恥ずかしくはないですがね。見間違えられた可能性が無きにしもあらず、とは言えるんじゃないでしょうか。弁護人からは以上です」
弁護人は検察官が異議を申し立てる前に素早く言い終わった。その後も検察、弁護側双方の論争は続き、後日、結審した。拉致された日本が、実害がなかったため控訴を取り下げ示談を提示し、被告人達も名誉のため応じたから、この刑事事件は単なる一件として処理され、忘れ去られることとなった。世の中とは、まあ・・その程度のものなのである。
完