-62- 突(つつ)かれた夢
刑事、戸坂の生活が始まった。事件がない日の勤務は、世間一般のサラリーマンとあまり変わりがない。捜査三係で、マル暴の四係でなかったのが幸いしてか、戸坂は犯人に恨みを買ってつけ狙われるということはなかった。三係は窃盗事件担当で、刑事任用試験を経て配属となった戸坂も、配属後はそれなりに活躍していた。それなりに・・というのが味噌で、当たり障りがない程度に・・という刑事課長の羽根が聞けば、努力が足りんぞっ! と叱咤されるに違いない勤務実態である。分かりやすく言うなら、要領よく体調の維持を図る・・というツボとも言える手法をとっていたということだ。まあ、深夜まで帰れない日、何日もの連勤[連続出勤]、突然呼び出しを食らう待機日と、いろいろあったから、それなり・・というのは、長く働き続けられる知恵なのかも知れなかった。
その日も、いつものように戸坂は定まった通勤経路を経て口端署へと入った。ところが、である。いつも見る署員が人っ子一人いないのである。三係へ入ると、係員の姿は誰もなく、係長の地矢保も当然、いなかった。空虚な机と椅子、静まり返る署内・・これは尋常ではないぞっ! と、戸坂は刑事らしく殺気立って署外へ飛び出したが、さっきまでの通行人の流れがなく、やはり誰の姿もなかった。戸坂の心は半ばパニック状態に陥っていた。人の気配を探しながら戸坂が署内へ戻ると、誰もいない中でただ一人、後ろ向きに立って窓から外の景色を見る羽根の姿が目に映った。
「課長!!」
戸坂は思わず叫んでいた。
「戸坂君、餌は君かい?」
「… ?」
ふり向いた羽根の顔は鶏だった。そのとき俄かに眩暈に襲われ、戸坂は意識を失った。
チクチクした痛みで戸坂は目覚めた。辺りを見遣ると、そこは一年前に作った自宅の鶏小屋で、戸坂は卵を握ったまま、心地よく横たわって眠っていたのだ。羽根、いや、鶏が戸坂の顔の前でコツコツと戸坂の顔を突いていた。戸坂は不眠捜査の連勤で疲れ、つい朝方、入った鶏小屋で眠ってしまったのである。
完