-55- 消えたのか?
尾亀署に妙な捜査依頼が市の商業観光課から飛び込んでいた。町の野良猫が相次いで消えているのだという。この町一帯は市の方針で猫保護区に指定され、猫の住む町として猫が安心して暮らせる地域だった。当然、人の目を気にしない野良猫がのんびりと道の真ん中で寝そべっている・・といった風景が垣間見られた。
「動物虐待のニュースもよく耳にしますからな。これが変質者の仕業だという線も、強ち否定できませんからなぁ~」
刑事の鶴首はネクタイを無造作に緩めながら係長の野虫をジロリ! と見た。野虫は年の功の鶴首が苦手で、若手刑事とは違い、一目置いていた。
「そうだねぇ…」
野虫はこのひと言を口にするのが関の山だった。
「まあ、とりあえず、消えた猫を探しますわ、猫の町を謳い文句にする町ですからなあ」
あれだけいた猫の姿がパタリ! と町から消える・・などというのは、少しスリラータッチに展開するサスペンスドラマそのものだった。鶴首の懸命の聞き込みにもかかわらず、消えた猫情報は皆目、得られず、トボトボと署へ鶴首は戻った。そんな日が半月ほど続いたある日の朝、一人の老紳士が尾亀署を訪れた。
「はい、なにか?」
「この町で保護した猫の飼い主を探しておるんですがな…」
「はあ?」
「オッホン! ですから、猫の飼い主を、です!」
老紳士は咳払いを一つし、少し威厳めいて言った。そのとき、鶴首は刑事の勘でピン! ときた。だが次の瞬間、待てよ! と、思った。いくらなんでも、市内に散らばる数百匹以上の野良猫すべてを保護する・・などということは尋常では考えられなかったからだ。
「あっ! それはそれは…。で、猫は、どちらに?」
老紳士が猫を携えていないのを見て、鶴首は朴訥に訊ねた。
「ああ、それは我が邸内に…。この町の猫すべてですからな、我が家も猫屋敷になっておりますわい、ほっほっほっ…」
紳士は優雅な笑顔で一笑に付した。
「…」
鶴首はそれを聞き、二の句を告げなかった。
のちのち判明したのは、この老紳士こそ、我が国を動かす大財閥の総帥の一人だという事実だった。
完