-53- 思わず泣けた事件まがいの一件
船着署の屋形警部補は久々の非番に、ホッコリしよう! と意気込んで屋台へ入った。別に意気込まなくてもいいのだが、そこはそれ、日頃の張り込みの緊迫感を忘れたい…という一念だった。
「親父、冷やで一杯…」
「へいっ!」
「適当に、見繕ってくれや」
屋形は前のおでん鍋を指さした。親父はコップに酒を注ぎ置いたあと、無言ではんぺん、こんにゃく、煮卵などを箸で乗せ、屋形の前へ置いた。屋形は辛子をスプーンでその皿に乗せ、摘み始めた。そして、キュ! とコップの酒を半分ほど飲んだ。その途端、屋形は泣き出した。完全な泣き上戸である。
「ぅぅぅ…親父、聞いてくれや」
「どうされました?」
親父は顔では泣き、えらいのに捕まったな…と内心で渋い顔をした。屋形は事件まがいの一件を語りだした。
「蜆売りの子がいてな・・その子がな、ぅぅぅ…つい出来心でな…盗っちまったんだ。親にな、ぅぅぅ…着せるんだと、反物をな…引っくくれるかい、親父よぉ~! ぅぅぅ…」
振られた親父は、この男は刑事か…とは分かったが、どう答えたもんか? と思案した。絡み酒もあるのか…と心配も増しながらである。それに、蜆、反物と、今の時代にしてはレトロな話である。
「ぅぅぅ…そりゃ、私なら無理ですね。そんな事件がありましたか?」
親父は泣き顔で屋形につき合った。
「んっ? いや、さっき署のテレビで観た時代劇さ」
「えっ? …」
親父は、なんだ! とばかりに、思わず泣けた事件まがいの一件にアングリした。
完