-50- 落ち葉焼き芋盗難事件?
事件の発端は頑固で意固地な老人に起因する。はっきり言えば…である。まあ、このあらましは読んでいただければ分かるだろう。
素泊村にも山村の木々が色濃く紅葉する季節を迎えていた。その村の一軒屋に取越九郎兵衛[通称 九郎兵衛どん]という林業と農業を生業とする老人が住んでいた。身寄りとてなく、近づく人といえば、近くの家の子供達くらいだった。
ある日の夕暮れ、九郎兵衛どんは落ち葉を掃き集めていた。これは例年のことで、さした苦ではなかった。
「九郎兵衛どん、精が出るねえ…」
自転車で通りかかった村の駐在は九郎兵衛どんに声をかけて止まった。
「やあ、これは駐在。ご苦労なこってす!」
九郎兵衛どんは愛想よく返した。そこへ村の子供達数人が走って近づいてきた。
「そうそう、今朝採った芋があったわい。焼いてやろう」
子供達は歓声を上げて喜んだ。駐在は笑顔で自転車を漕ぎ、去っていった。そして、九郎兵衛どんが芋を落ち葉の中へ入れ、火をつけると、山のようになった落ち葉が少しづつ燃えだし、香ばしい香りの煙が秋の夕暮れの青空に立ち昇った。やがて落ち葉はほとんど燃え、残った灰から九郎兵衛どんは焼きあがったはずの芋を取り出そうとした。ところが、である。芋は一つすら見つからない。そんなことはない! と、意固地になった九郎兵衛どんは必死になって灰の中を探し始めた。灰が舞い、子供達は渋い顔で家々へ帰っていった。腹が治まらないのは頑固な九郎兵衛どんである。いたのは高々、子供数人だったが、満座の中で恥をかいた・・という思いが沸々と湧き、九郎兵衛どんは交番へ駆け込んだ。
「九郎兵衛どん、どうされました?」
「駐在! い、芋が消えた…いや、盗まれた。捜査してくれんかっ!」
駐在は、また始まったか…とは思ったが、そうは言えず、事情を細かく訊いた。
「ははは…焼き芋が、ですか? んっな馬鹿なっ」
駐在は半信半疑というより、ほとんど信じられないという顔で九郎兵衛どんを見た。
「燃えてしまった・・ということはないんでしょうか」
「いや、あれぐらいの火で燃えてしまうわけがない。盗難だっ!」
「でも、あなたがずっと傍で見ていたんでしょ?」
「それは、まあ…。いや、待ってくれ! 後始末の水バケツを取りにいったわい」
「現場におられなかったお時間は?」
「10分くらいでしたかのう…」
馬鹿げた話だ…と駐在は思えたが、そうとも言えず、思うに留めた。
「分かりました。子供達にも一応、話は訊ましょう。詳細は、後日…」
暗くなってきたこともあり、駐在は九郎兵衛どんを帰宅させた。
話は次の日、いとも簡単に解決した。犯人は勘違いした九郎兵衛どんだった。落ち葉の山はふた山あり、焼いた落ち葉の山に芋は入っていなかったのである。
その次の日の夕方、駐在、子供達、九郎兵衛どんは笑顔で焼きあがった焼き芋を食べていた。めでたし、めでたし・・。
完