-41- 事件にしたくない一件
松ノ木署では、とんでもない告訴が発生していた。訴えたのは松ノ木村の村長、小宇多である。
「あの木はずっと昔からある由緒…由緒はないが、我々の子供時代からある馴染みの木だっ! 誰が切り倒したのかは知らんが、私に一言もなく無断で切るとは許せん破壊行為である! 是非、署の方で調べていただき、犯人を引っ括ってもらいたいっ!」
「はっ! 村長みずからお出ましとは、かなりご立腹のご様子ですな」
署長の御地は小宇多のご機嫌をとりながら窺うように言った。なんといっても村では一番の長者である御地が言うことは、村のすべての者を右に倣え・・させるだけの重さがあった。
「無論だっ! 君には期待しておるから、よろしく頼むっ!」
「ははっ!」
どちらが警察なのか分からない。御地は署を出ようとする小宇多に直立して停止敬礼をした。
小宇多が松ノ木署から消えると、署内はフゥ~~っという安堵のため息がどこからともなく漏れた。
「こういう類は、事件にしたくない一件ですな…」
迷惑顔で警部の声良が机椅子から立ち上がると、署長席に近づきながら小宇多に言った。
「事件にはしたくないっ! ああ、どうして私は署長なんだっ! あの村長の顔は見たくもない、見たくない、見たくないっ!」
かなり村長に対するトラウマがあるのか、小宇多は見たくないを強調して言った。
「器物損壊の事件性はないように思えますが?」
「ああ…冷静に見れば通行の邪魔だがな、アソコは。まあ、自然破壊には変わりはないが…」
「まあ、自然破壊といえば自然破壊ですが、そういう手合いは人間の私らが裁くことではないですからな」
「ああ! 神さま仏さま、キリストさま、ホニャララさまだっ」
「実害がない難儀な一件だっ!」
「声さん、迷宮入りにしておこうや」
「ですねっ!」
二人は顔を見合わせ、ニンマリした。
完