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-33- 歩いた財布

 欠伸あくびが出るような春の昼下がり、象野池交番の水面みなも巡査長はウトウトと眠るでなく眠っていた。詳しく言えば、表面張力で水面をただよう一枚の紙のように、沈まず浮かずの状態で、きわどく残っていたということだ。完全に眠らせないのは、水面の脳裏に潜在している『自分は警官だ…』という意識だった。

「す、すいません! 私のさ、財布、届いてませんか?」

 一人の紳士が交番へ飛び込んだのは、そんなときだった。水面はハッ! とまぶたを見開いて前かがみに倒れていた姿勢を直立に正した。紳士はそんな水面の顔を頼りなさそうな顔で見た。

「いや、届いてませんよ。どこで落とされたんですか?」

「いや。ここのすぐ近くなんですが…」

「色と形は?」

「黒の皮です」

「ほう! それで、中にいくらぐらい入ってたんですか?」

 水面はいつの間にかメモしていた。

「10万ほどです…」

「大金ですな…」

「ちょっと、買うものがあったものでして…」

「なるほど! 届けば連絡しますから、この遺失届の用紙に必要事項を書いてください」

「はい…」

 その後、紳士は書類を書き終えると、水面に頭を下げて交番から去った。

 そして、また何ごともなくポカポカ陽気の中、水面はウトウトした。そして水面は水面下へ撃沈した。いや、寝入ってしまった。水面はいい気分で夢を見ていた。自分が交番でウトウトしている現実に近い夢である。

『あの…私、主人に落とされた財布です』

 水面は現実と同じように、夢の中でもハッ! とまぶたを見開くと、前かがみに倒れていた姿勢を直立に正していた。黒皮の財布はまるでアニメのように逆V字形で歩いて近づき、水面が座る前机の上へジャンプして飛び乗った。

『そ、そうですか。預かっておきましょう…』

 水面は自然と話していた。

『よろしく頼みます』

 そういい終わると、財布はパタン! と横倒しになり、眠ったように動かなくなった。そのとき、ハッ! と水面は目覚めた。目を開けると、先ほどの紳士が立って水面を呼んでいた。

「すみません! まだ届いてないでしょうか?」

「いや。届いてませんよ…」

 水面はそう言いながら、ふと自分の机を見た。机の上には黒皮の財布が横たわっていた。

「い、いや。これですか?」

 紳士は無言でうなずいた。水面は歩いた財布に、こわさよりある種のサスペンスを感じた。


                   完

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