-26- 浮世坂(うきよざか)の謎(なぞ)
世の中には妙な事件もあるものだ。事件といえば犯人による犯行と被害者・・とするのが相場だが、浮世坂で起きた事件はその常識をうち破る事件となった。
コトの発端は、毎日、同じコースをジョギングで歩き続けている絵師という男が出合った偶然の不思議な出来事だった。
その日も早足で絵師は歩き続けていた。外は次第に夕闇を濃くしようとしていた。絵師が浮世坂の橋近くに近づいたときだった。
「あのう…もし」
絵師は気味の悪い浮浪者風の男に声をかけられた。立ち止まった絵師は近づく男の顔をジィ~~っと凝視した。その男はやつれた風体で、顔の色といえば蒼白く、とてもこの世の者とは思えなかった。季節は秋深く、瞬く間に辺りはとっぷりと暮れ、月明かりもなく、街灯以外の明るさは何もなかった。
「はい、何か?」
「いえ、なにも…。人違いでした、どうも」
その男は絵師にそう言うと、スゥ~っと闇に消えた。絵師は一瞬、ゾクッ! と身の毛がよだったが、夏でなかったのが幸いし、すぐ平静に戻り、その場からやや急ぎ足で立ち去った。
そしてその後は何事もなく、数週間が経過した。そんなある日の朝、絵師がなにげなく新聞を捲っていると、地方版に大きく出ている記事が目に入った。見出しは[闇夜の男 ますます深まる謎]と、あった。写真も大きく掲載されていて、よく見れば、絵師がいつも通るコースにある見慣れた橋が写っているではないか。
「…」
心当たりがなくもない絵師は真剣にその記事を読み続けた。記事の内容は、夜な夜な現れ、同じ質問を訊ねただけで消える男・・警察は不審人物として捜査を開始したが、まったく手がかりは得られず、被害届も出されていないこともあり、それ以上、手の打ちようがなくなっていた。
蒲鉾署である。
「迷惑防止条例違反っていうのはどうなんでしょうね?」
新米刑事の板和佐が老練刑事の翔遊に訊ねた。
「馬鹿野郎! 被害届が出んとダメだろうがっ!」
「すみません…そうでした」
板和佐は小さくなり、翔遊に美味そうに食われた。
その後、どういう訳かその男はパッタリと姿を現わさなくなった。結局、浮世坂の謎は闇に葬られたまま、事件にもならない一件で処理され、曖昧な終結を見た。その不審人物の男が翔遊に隠し味を与えた旨味という男だったことを誰も知らない。その男の消えた謎は、今もサスペンスとして蒲鉾署内の語り草となっている。
完