-17- 狒狒山(ひひやま)牧場転倒事件
狒狒山牧場で従業員の一人、河馬口が馬糞で滑り、転んで死んだ? 近くの警察、牛淵署の署員は、ただちに現場に急行し、他殺、事故死の両面で捜査に入った。
「揚さん、馬糞で滑るもんなんでしょうか?」
刑事の鹿尾は、警部の揚羽に小声で訊ねた。
「さあ…俺に訊かれてもな。検死の先生、遅いな。えっ! 事故で今日は無理って? 困ったもんだ。ともかく…現にこうして仏さんは死んだんだっ…だろう?」
「はあ。まあ、そうでしょうね…」
二人は馬糞の臭気に顔を歪めながら沈黙して横たわる河馬口を見つめ、訝しそうに首を捻った。
そこへ現れたのは別の刑事、猪野窪である。
「揚さん、どうも害者は急いでたようです。煮物の鍋の火を点けたままにして、慌てて消しに走ったようです」
「そうか…そんな証言が取れたか。まあ、あとは鑑識待ちだな。我々はそろそろ、引き揚げるとするか…」
残された物証は、河馬口が滑ったとき馬糞の中へ落としたと思われるキーホルダー一ヶだけだった。鑑識の係員は嫌な顔でそれを袋に入れ、持ち帰った。その後、現状に横たわる河馬口の移動が許可され、捜査員達は引き揚げた。その直後だった。死んだはずの河馬口が寝かされた布団で息を吹き返した。河馬口は頭を強く打ち、一時は死んだ。それは確かだった。だが、彼は生き返ったのである。有り得ない奇跡が起きていた。牛淵署へその知らせが飛び込んだのは、夕方だった。
「なんだ、人騒がせなっ!」
知らせを聞いた鑑識の係員は、怒りの余り、物証をゴミ箱へポイ捨てた。
「あっ! 君々。それは本人へ返さないといかんぞ!」
「はい…」
係員は上司に怒られ、嫌々、馬糞の付いたキーホルダーを拾い上げた。その頃、揚羽、鹿尾、猪野窪の三人の刑事は、腹立たしそうに屋台で自棄酒を飲んでいた。狒狒山牧場の事件は単なる一件として酒で忘れ去られた。
完