弟子になる
さくさくっと進んでしまいました。
晩餐後のひととき。
食後のお茶を前にアルバンは不機嫌そうに、 王さまは愉快そうに、俺の話を聞いていた。
「え?ダメなの?」
思わずアルバンの顔をみちゃったんだけど、王さまもその様子に声をたてて笑った。
「アルバン。気持ちはわかるが、アキラの提案には悪くはないぞ」
「父上……」
「確かに、シクステン殿の滞在は隠す事はできぬし、そういった理由があった方が良かろう」
「前代未聞です……!」
「なあ。そんなにダメなのか?」
俺がもう一度聞くと、アルバンは目があった瞬間声をつまらせ気まずそうに目を反らした。
「……アルバン?」
「アキラはシクステン殿が良いのか?シクステン殿でなければならないのか」
「ん?そりゃ、シクステンじゃなきゃ嫌だって事はねーけど。でも、一番相に合うのはシクステンの戦い方なんだよ」
「……そうか」
アルバンは黙ってしまい、王さまはくくくとまた笑いを漏らす。
「では、調査官殿はアキラの体術の先生として招いていると言うことにしようかの。だが、アキラ、そもそも調査官殿に承諾してもらえたのかの?」
「んー?まだ。話もしてねー」
俺の返答に、二人は目を丸くする。
「なんだと!お前、また勝手に決めて!」
「ははは。ならば、調査官殿に承諾してもらわねばならぬな。しかし、アキラ。儂らは調査官殿に協力をお願いすることしかできぬぞ。互いに不可侵ゆえな」
「うん。そうだったよな。ただ、師匠になってもらうのは自分でお願いしようと思ってんだけど、身分とか状況とかわかんないから、先に王さまとアルバンに相談したかったんだよ」
「相談……か?今のが?」
「んじゃ王さまたちの許可もとったし、シクステンに話をしてくるよ!」
「待て。今から行くのか!」
「ん?うん。あ、部屋わかる?」
「駄目だ!行ってはならぬ!」
う?
アルバンが慌てた様子で俺を引き留める。
「なんで?」
「アキラ。そなたは王子の婚約者なのだ。婚姻を控える女が夜に男の部屋を訪れるのはよろしくないのじゃ」
「あ、そういうこと」
王さまが教えてくれたので、俺は席に戻った。
じゃ、朝練の時でいいかな。
「護衛騎士は必ずつけるんだぞ」
アルバンが釘をさした。
「断る」
デスヨネー。
早朝の中庭。
準備運動で身体を暖めようとするシクステンに頼んでみたが、一刀両断される。
「わかった。……今日は」
「何?」
俺がぼそっといった後半部分が聞き取れなかったらしくシクステンは聞き返したが、俺は無視して背を向けた。
じっとシクステンはその背をみたが、自分の鍛練に戻った。
俺はシクステンから少し離れて、軽く身体を動かす。
動きやすい服も用意したし髪も纏めたからな。
教えてくれなくたって出来る事はあるもんね。
なんてったって、目の前で見本見せてくれるんだから。
ふっ!ふっ!
身体を暖める為に準備運動を始めたシクステンと同じように、俺の世界のいわゆるストレッチを始める。
シクステンの真似をしたいところだけど、準備運動と言えどきちんと教わらないと痛めちゃうからな。
とりあえずは自分が知ってる方法で身体を解す。
その後に腹筋運動、腕立て伏せ、スクワット。
ふえ~。
こんな風に身体を動かすの久しぶりだからかなあ。
脚も腕も身体全体が伸びるなって感じがつえーな。
こんなに使ってなかったかーって感じ。
いや、今の身体が元々の俺の身体じゃねぇかもしんないけどな。
でも、なんだろ。
なんか気持ちいいんだよな。
俺、やっぱ身体をうごかすの結構好きだわ。
ちょっと嬉しくなって動かしてたら視線を感じた。
目を向けるとシクステンと目があったが、シクステンは次の運動にうつった。
あ、シャドー訓練だ!
これこそ見るぞ!真似するぞ!
「はっ!」
「ーはっ!」
シクステンの動きをみてるからワンテンポ遅れた形でシャドー攻撃を繰り出す。
うひょー。
やっぱシクステンの動きはキレーだなー。
正直、真似したって今の俺じゃ形にもなってないんだろうけど、目の前にイメージがあるだけでも燃えてくるなー。
みてろよー。
ぜぇったい、近づいて見せるからな!
その日から俺は基礎体力をあげるために、時間を作って中庭や訓練所のスペースを借りて筋トレやランニングをすることにした。
「姫さん。方向は決まったようで何よりですが……まあ、いいでしょう」
訓練所ではネイトが少し困ったような顔をしているのが気になったが、その理由はすぐにわかった。
俺が訓練所で準備運動をし外周でランニングを始めると、いつのまにかネイトを含む騎士団の奴等が後ろをついてくるようになったんだ。
少女の後ろにデレデレとしたむさ苦しい男集団。
………目に痛いぜ。
まあ。
俺の様子を伺いにきたアルバンに見つかって、一気に緊張感が走り追加訓練が組まれるようになっちまったが、俺には関わりないことだよな。
もちろん俺は朝のシクステンの鍛練に顔を出し、何度もお願いする。
断れればその日はそれ以上言わず、離れて黙ってシクステンの鍛練を勝手に真似してた。
そして。
「まったく……」
いつもなら無視して城の中へ戻るシクステンは、朝の鍛練を終えた後、ため息をついて俺へと顔を向けた。
「煩わしいな、お前は」
そう言いながら頭をガシガシとかいた。
耳がピコピコ動いている。
ーシクステン、意外と感情出すよな。
「うろちょろと、目障りだ」
「だろーね」
ちょっとそれ狙ってたし。
「……はあ。そこまで私に習いたいのか」
「おうよ」
「私の専門は違うんだがな」
「でも、師匠になって欲しい」
「王や王子は」
「シクステンが良いならいいって」
はあ。
シクステンはため息をついて、ぽんと俺の頭に手をおいた。
「ー怪我をすることもあるぞ」
「わかってる」
「甘やかさないぞ」
「もちろん!」
シクステンはきっと真剣な顔になる。
俺もその視線を受けて、ぴっと背筋を伸ばした。
「では、明日からだ」
「ーよろしくお願いします!師匠!」
シクステンの表情は変わらなかったけど、彼の黒い尻尾は左右に大きく揺れた。
クライブはシクステンを猫人と判断しましたが、実は虎人です。