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救世主は花嫁候補!?  作者: せりざわなる
第三章 救世主、考える。
39/83

忘れられた王子②

不快な内容(表現&展開)があります。

お好みに合わない方は申し訳ありません。

リーロイ国王の血を継ぐ8番目の王子、テオドール。


しかし後に公式に御披露目された第8王子は別におり、それはテオドールではない。

だからと言って、聖女の元へ通い続けたリーロイが、聖女との子に気づかぬはずもない。

つまり、テオドールの存在は無視されたのだ。


それが、忘れられた王子の正体である。




セリノが心を閉ざしてしまった為に殆ど気にしてはいなかったが、テオに出会うまでの大人の世界は目まぐるしく変わっていた。


まず、聖女の懐妊がわかると、教会は聖女を表舞台から降ろす事にした。

段々と膨らむ腹を隠さねばならない。

偉業を成し遂げた聖女が役目を終え、次世代に引き継ぐ為の準備に入ると告知し、少しずつ表に出る役目を減らし、その裏で次の聖女候補を集め始める。


聖女は、リーロイの罰が始まった頃は夜と仕事と意識を切り換えて振る舞えていたが、テオを身籠ってからは徐々に追い詰められていたのだ。

恋の終わりとリーロイの怒りと絶望の証が、己の腹の中で育っていくのを逃げることもできずに見守るしかない状態で、聖女は壊れていった。

昼はぼんやりとする事が多くなり、夜は唐突に泣き叫ぶようになったという。


そうして、生まれたテオドール。

リーロイの血を継いでいるとわかる父親と同じ髪色に、左側の腰にあるグラシア王家特有のアザ。

生まれはともかく、それは愛らしい赤子であった。


だが産後の体調が落ち着き、聖女に母として乳を与えてもらおうと赤子を目の前に連れてきた途端、ガタガタと震えボロボロと涙をこぼし「もう許して」と逃げだそうとしてしまった。


リーロイはその様子を見ていたらしい。

そして、楽しそうに笑っていたと後に聞いた。

その上で、聖女に母として役割を果たすように言い、聖女と子とを毎日会わせるように指示をした。

しかし、指示とは言えど、これ以上聖女を精神的に追い詰めれば赤子の命も危ないと考え、教会は策を練った。

密かに乳母を雇って赤子の食事を安定させ、聖女が赤子と会う際は他の幼子を同行させたのだ。

聖女の意識を幼子に向けさせ、赤子の正体を認識させないようにして母親の役目を果たしてもらう。

その幼子に選ばれたのがセリノだった。

心を閉ざし口を開かないセリノは策に使うには好都合であっただろう。

そしてその策は成功する。


そんな大人の世界は、セリノにとってどうでも良かった。

意味があるとしたら、テオに出会えた事だけである。


初めてテオにあった時は、ただのもぞもぞ動く固まりにしか見えなかった。

だけど、乳母に言われるがままに手を伸ばせばきゅっと指を握ってきたのである。

その温かさを不思議に思え、世話という作業を黙々とこなす内にその温かさに心が溶かされていったのである。

そして動く固まりを「テオドール」と認識出来た頃には、大切な存在になっていた。


心が戻れば、また現実が耳に入ってくる。

怖くて嫌で仕方なかったが、今はテオがいる。

セリノは精一杯考え、自分とテオを守るために行動した。

まず、自分の変化を悟らせないようにした。

必要なのは、大人の言う事を素直に聞き、聖女の周りの情報を漏らす心配のない人形のような幼子。

最初に求められたままの自分を演じた。

そして、逆に聞き耳をたてて情報を集めた。

それしか出来ることがなかったからだが、意外にもこれで容易に情報を集める事が出来た。

考えてみれば、周りはセリノを人形と思っているのだ。

関係者の皆が聖女に関する事は漏らすことは出来ぬ為に、溜まった色々な思いを吐き出すには、セリノが一番都合が良かったのだ。

今までも吐き出し口にされていたのに、セリノが気づいていなかっただけだったのである。


セリノがテオの事情を理解したのはその時であった。



報告書の読み上げは続く。


「テオドール王子が4歳になった頃か?聖女の世代交代が完了し、再び聖女の婚姻話が持ち上がる、と」


パラリ、と報告書をめくる宰相。


「しかし、実に奇妙な婚姻だな、これは」


報告書をよみあげる宰相の声に、セリノはくぐっと手を握りこんでしまう。



この頃には、新王が床に付す時間が長くなり、実質的には王太子になったリーロイが国政を担っていた。

今だリーロイの正妃の座は空席だったが、既に候補の令嬢達が選ばれ、もはや聖女はその座を期待される事もなかった。

しかし、元聖女の行く末はどうでも良いというわけにはいかなかったのだ。


『この婚姻をもって、お前を解放してやろう』


リーロイがその言葉を発した時、セリノはその場にいた。

聖女と顔を合わせ意識を向けさせている内に、彼女は心が乱されそうになるとまるで安定剤のをようにセリノを側におこうとするようになっていたのである。


リーロイがそれ知った時、面白く無さそうな顔をした。

セリノもリーロイに再び会う事になって動揺したが、リーロイは自分が首を締めた子供とまでは気づかなかったようで直ぐに関心を失った為に、何とか耐えきる事が出来た。


だがこの時まで、何の関心ももっていなかったはずなのに。

リーロイが言葉を発すれば発するほど、すがるように手を聖女に握られているセリノに対して、面白そうな視線を送る。


『相手は、ミラー辺境伯だ。孤児の保護に手厚いと評判の男。元聖女のお前にもできる事があるだろう』


リーロイは聖女ではなく、セリノに視線を向けたまま冷たい笑顔で笑った。

セリノは理解した。

これは解放ではない。

聖女への更なる罰なのだ。

そして、自分も巻き込まれているのだと。



宰相は手を止めてセリノを見つめる。


「2年前に辺境伯邸が全焼して、この当時のミラー辺境伯も妻になった聖女も既に亡くなってる。関係者も殆ど火事に巻き込まれ、ここからは少ない情報しか得られなかった。セリノ、聞いてもいいか。聖女の婚姻は身分や状況に不思議な事は特にない。だが何故、君を含め教会で保護していた何人かの孤児達まで聖女に付いていき、辺境伯領に行ったのか」


婚姻の奇妙な点。

孤児達を連れての聖女の嫁入り。


「…辺境伯が申し出たのですよ。孤児達は聖女という存在を慕っている者が殆どでしたので、寂しがって泣く子供を何人か引き受けましょうと。教会にとっては、孤児の行く末が評判のよい辺境伯の元ならば安心できるし、正直抱えこむ孤児が少なくなれば助かりますしね」

「君は聖女の側にいたからか」

「ええ。そうでしょうね。何も言わずとも行く事は決まっていました」


苦しそうに歪んだ眉間を宰相はみる。


「はっきりと聞こう。その裏はなんだ」

「……………辺境伯は、少年愛好者だったのですよ」


ひっ!と小さな悲鳴が聞こえる。

声からして、リーシェだろう。

目の前の宰相の顔も、嫌悪感隠そうとしていなかった。


「では、同行した孤児達は」

「辺境伯が自ら選んだ少年達。そういう意味です」

「……リーロイ王太子は知っていたのか」

「もちろん知っていたでしょうね。あの時、彼は私を見て笑いました。私も辺境伯の対象となるとわかっていたのでしょう。狙いは聖女が依存し始めた私を貶め、また心をへし折る事だったと思われます。他の孤児達はおまけ、いいえ、悪意のこもった婚姻祝いだったのかも知れません」

「……何故そんな事を」

「わかるわけありません。彼が何故にそこまで聖女へ罰を与えるのか。聖女の何がそこまでの罰を与える罪になったのか」

「それで君は…」


宰相はこほんと息を整えた。

流石に聞きづらいだろう。

宰相の心情がわかり、クスリと笑ってしまう。


「私は無事でしたよ。聖女の側仕えというのが逆に私を守ってくれました。同行した孤児達は直ぐに会わなくなった為に、残念ながら無事かどうかはわかりませんが」


ほっと息をつく空気が部屋に満ちる。


「リーロイ王太子の罰は、聖女の心を確かに打ち据えました。自分が連れてきた少年達は、聖人の仮面を被った辺境伯の餌食になってしまった。そんな彼の妻であり、何も出来ぬ事が確かに罰となったのです。しかし、リーロイ王太子の元を離れたことで、聖女は前よりほんの少しだけ強くなっていたのです」


その力がセリノを守った。

色んな理由をつけて側から離さず、神官に必要な教育を施し、護衛としての剣技を身に付けさせた。

もしかしたから、それは聖女の自己満足の為だったのかも知れない。

救えなかった少年達の代わりにセリノを守る事で、許しを得たかっただけかもしれない。

だが、今のセリノが神官騎士となれたのは、聖女のおかげである。


「その頃、テオドール王子はどうしていたかわかるか」

「一緒には行きませんでしたので教会にいたはずですが、流石にどうしていたかはわかりません。ですが、テオとは後に再会しました」


神官騎士になるべく鍛えていたお陰か、同い年の子供に比べ逞しい体つきになり、辺境伯の好む対象から外れたと確信した時には、セリノは16になっていた。

その年に、新たな聖女の巡礼があり、辺境伯の領地にもやって来たのだ。

同行者の中に11歳になったテオドールを加え、リーロイ国王となった彼の手紙を密かに携えて。


「まさか……!」


リーシェが息をのみ、クライブもぐうと小さく唸った。


「その時、再会したテオが私を覚えていてくれた事に浮かれていました。幸いにも新たな聖女は何も事情を知らず、私がテオと再会して喜ぶ姿から、下働きのテオが私のそばへ行く事を許して下さいました。後に辺境伯の態度から我に返り、調べて手紙の事を知る事が出来ましたが、この時の新たな聖女のお心遣いのお陰で、結果的に公にテオを守る事ができました」


だが、新たな聖女の旅立ちの日が近づくにつれ、辺境伯のテオドールへ向ける視線は嫌なものになっていく。

リーロイ国王の手紙には何が書かれていたのか。

テオドールはあくまで新たな聖女の同行者。

セリノの側に引き留める事はできない。

そして所詮は下働きの子供。

存在の扱いはとても軽いし、行方不明になったとしても探さない。

テオドールの正体が高貴な者であっても無視されている事実からして、いなくなってもリーロイが動く事はないだろう。

もしかして、手紙にはその事が書かれていたのではないか?

そんな推測をしてしまうほど、辺境伯の視線は執拗にテオドールを追っていた。


嫌な予感がどんどん増していく。

そんな焦るセリノを見て、元聖女は静かにいった。


『ー行きなさい、セリノ』


茫然とした。

セリノにとって元聖女はもう壊れていた人だった。

何かに怯え、何かに傷つき、セリノの中の何かにすがり付いていた人。

そんな彼女が、今までと違った静かで強い意思を目に浮かべてセリノを見つめていた。


『もう、良いのです』


茫然としたままのセリノを、元聖女は優しく抱き締めた。


『ごめんなさいね。そして、ありがとう、セリノ』


元聖女は、人として何かを取り戻したのかもしれない。

今まで何より大切だったのはあくまでテオドールで、元聖女に関しては気の毒な人と少し突き放して見ていたことに、セリノは申し訳ない気持ちになった。


そうして聖女の後押しを受け、テオをつれてミラー辺境伯領を脱出したのである。




セリノは息を吐いた。

不快な気分は残っているが、これまで溜め込んでいた過去をこんな形であっても吐き出せた事で、幾分何かがつまったような感覚は薄まった気がした。


「それからここに至るまでの経緯は、特に必要とされていないでしょう?他に何を確認したい事があるのでしょうか」


報告書を文官に返して、宰相は姿勢を正して座り直す。


「確認したかったのは君達の身元の確証と、テオドール王子の今後だ。彼は自分の出自を知っているのか」

「知っています。誤魔化そうにも、彼の体には王族の証がある。女性ならまだしも男は肌をさらす事もあるでしょう。何が災いとなるかわかりませんから、テオにはそれも含めて知っていて欲しかったのです」

「して、彼はグラシアに戻る気はあるのか」

「本人に聞くのが一番と思いますが……まだ、テオの中ではそれを考える余裕はないと見えますね。私もですが、生き延びる事が何よりも優先でしたので」

「……ふむ。では、生き延びる為に君は彼に何を望む?」

「え?」

「先程も言ったが、君は色々都合が良いのだ。しかも、もしかしたらこちらに利益をもたらすかもしれない種を抱えている。悪いが、君を今暫しここに繋いで置きたい。その為にできる限り恩売らせてもらいたいのだ。しかし、それは君に何かを与えるよりも、君の大切な存在に何かをした方が効果がありそうだ」

「……先程から随分と正直なのですね」

「話を聞いてやはりと思ったが、君は影で策を練ったところでそれを見抜く才はあるようだ。ならば、手を変えるのは当然だろう」


セリノはじっと宰相を見つめる。

しかし、視線を落としてふっと笑った。


「宰相さま。無礼を承知で今の心情を率直に申します。……本当に、予想外の展開です。ここは私にとって異国であり、最もお近づきになりたくない王族の住まう地です。しかも、一応拘束されている身。なのに、その場所は牢でなく離宮。私が申し出た衣に関する調査への協力も受け入れてもらえ、ある程度の出歩きも認めてもらえ、王族や関係者にも会わせてもらえるなどと、考えられぬ事ばかりです。しかも、宰相さまは、まっすぐに都合が良いから私が欲しいとおっしゃる。普通ならば、絶対に何か目論んでいると命の危険を感じて震えるしかなかったでしょう。お許しがあったとしても、このような礼儀知らずな態度はとれません。今も気を許してはならないと頭の中では言っているのです。ですが、この王宮の方々と言葉を交わす度に、何故かあの方が心に浮かぶのです」

「あの方?」

「ライザールの乙女です。私はあの事件で数刻、乙女のお人柄に触れてしまいました。正直申しまして、驚くほどの真っ直ぐさに危うささえ感じてしまいました。しかし、そんな乙女のお人柄はとても好ましく思います。……ここは、そんな乙女が大切に思われている場所のようですし、ならば信じてみてもいいのでは、と考えてしまうのです」

「乙女のお人柄についてはこちらも驚かされてばかりだが、彼女の意思で王子の婚約者でいてくださる事は本当に喜ばしい事と感じている。君からは、乙女はここを大切にしていると見えるのか」

「少なくとも、身近な人たちは感情を激しく出すほど大切になさっていると思います」


セリノは、先日アキラが暴れていた様子を思い出す。

後から、あれは自分の侍女が事件に巻き込まれて怪我を負った事が理由だと聞いた。


「………ふふふ。乙女か。お礼を申し上げるべきか、苦情を申し上げるべきか」

「宰相さま?」

「乙女のお人柄からして、君は気に入られているだろう。いやいや。君を引き入れる策は、これで正しかったと確信した。そして、誠実に君達への対価を払わなくてはならぬと釘を刺されたようなものだな。……では改めて、聞こう。君は、彼に何を望む?」


暗に、余計な小細工をしていたら、アキラの怒りを買っていたかもしれないと宰相は言った。

知らず知らずに、セリノは大きな切り札を出していたようである。

心に浮かぶ乙女に感謝し、自分も彼女を信じようと決意した。

しばし考えて言葉にする。


「……自信をつけてもらいたいです。彼に出来ることはあると。そして出来る事は何かと学んで欲しい。それは私では教える事は出来ません」

「なるほど」

「私も反省しています。何よりも生き延びる事を考えろと言いつつ、彼が自分の足で立つ機会を奪ってきました。……宰相さまの依頼をお受け致します。どうぞ、よろしくお願い致します」





宰相は対価の約束をし、その詳細を契約書としてまた持ってくると言い残して離宮を去った。


残された3人は、ようやくそこで体の力を抜く事が出来た。


「はあああ……」

「疲れたわねぇ」

「セリノ。よく頑張ったな」


背もたれにもたれるセリノの頭を、クライブはまたわしゃわしゃと撫でる。


「ちょっと、セリノ。あんたやってくれたわよね。思いっきり重い事情もちじゃない」

「……すみません」


謝れば、後ろからぐいっと引っ張られてリーシェに頭を抱え込まれてしまった。


「冗談よ。本当に、よく頑張って来たわね」


抱え込まれたまま、なでなでも追加される。


「もう、知っちゃったんだからね。私もクライブも一蓮托生になっちゃったんだからね。これからは遠慮せずに相談するのよ」

「……はい」


年上の二人の甘やかしに、ほんのり心が暖かくなる。


「……ありがとうございます。お二人とも」


言葉にしながら、後頭部にふにゅふにゅ当たるリーシェの胸の感触にとまどうセリノだった。



リーロイはある意味もう狂っていますね。


辺境伯邸の火事は、裏に元聖女が関わっています。

セリノも薄々気づいてはいます。


物語と実際では、出来事の間の年月はちがいます。

物語は物語ですから。



セリノへの寄り道が長くなりました。

アキラに戻りますよー!

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