再会と決断①
呪文を唱えようとしたリーシェの懐に、金髪の頭が入り込む。
一瞬声が途切れそうになりながら、頭をそらせると、ナイフか顎先を掠めて切り上げられた。
完全な詠唱とは認められなかったのか、金髪狐人に放たれた炎爆は小さい。
それでも、間を作る事には成功したらしい。
金髪狐人は飛び退いて、再び距離をとった。
リーシェはちらりと周りを見る。
クライブと白髪狐人は、剣対鞭。
シクステンと黒髪狐人は、拳対剣。
「そりゃ、戦う相手は選ぶわよねぇ」
どの武器が有利か、なんて一概に言えない。
しかし今は、馴染みのない武器をもつ相手にしているのは間違いなく、どうにも一撃が決まらないのだ。
その時、リーシェは恐ろしい気配を感じる
館の方から、おぞましい闇の気配が溢れ出したのだ。
「余裕だね!おばさん!」
気をとられた隙を見逃すはずがない。
金髪狐人はニヤリと笑って、再び懐に近づいた。
「……っ!おばさん言うんじゃないわよ!」
突き刺そうとするナイフを、杖で受け流そうとし失敗。
何とか胸から狙いを外したものの、肩を切り裂かれた。
「リーシェ!」
クライブの声が響き、影が飛び込む。
胸突きを失敗したため、体を回転させて首筋を切り裂こうとして金髪狐人は、クライブの大きな体にぶつかられ吹っ飛ばされる。
それを追いかけてきた鞭が、クライブの足首に巻きつき引き倒そうとしたが、今度はリーシェが白髪狐人の顔に向かって火炎を飛ばす。
「イラつくの!」
白髪狐人は手から狐火を放ち、相殺。
だが、続いてリーシェが放った風が炎の残熱を纏って襲いかかった。
「ぎゃうっ!」
鞭を持つ手の力が抜け、クライブの足の締め付けから抜けだせた。
今度は双子狐人と冒険者達とで対峙している一方、シクステンは淡々と黒髪狐人に技を繰り出していた。
向かってくる剣をかわし、ほんの少し乱れた剣身を弾き、持ち手を攻撃する。
それを察して黒髪狐人がかわせば、攻撃体勢が崩れた胴を狙って拳をくりだす。
それをかわして、剣を振る。
そんな、息をつかせぬ攻防を繰り返していた。
個々に、そして時には連携して、6人は戦っていたのだが。
「「「!」」」
狐人の兄弟の表情が、変わった。
と、同時にシクステンらも異変に気づいて、狐人らから距離をとり警戒を強めた。
なぜなら、急に彼らの気配が弱まったからだ。
戦いの最中であるのに、弱まるという事象であっても唐突に相手が変化したため、逆に怪しくて、距離を置かざる得ない。
ところが、狐人達は驚愕の表情を浮かべている。
そして、3人の左耳についていた小さな銀のイヤーカフがポロリと落ちた。
「……兄さん。これって」
「ご主人に何かあったの」
双子の声かけに応えず、黒髪狐人は踵を返して館に戻ろうとする。
「待て!」
シクステンらが追撃しようとすると、双子は狐火を出し3人に放って足止めをする。
リーシェが氷壁を作り出し狐火を防いだが、壁を解いた時には狐人らは館に入ったらしく姿はなかった。
「……行くか」
シクステンらも館に向かう。
オルザム邸には、ベリアンが施した魔呪がたくさんあった。
夢魔を喰らい魔力が増した事で、普通にある道具よりも強硬な効果を得られるからだ。
セリノの鉄枷やテオが入れられた牢の階全面に施された「破壊不可」「魔力制限」、マオ達のイヤーカフに施された「魔力加護」もそうである。
しかし、ベリアン亡き今、その魔呪は無効となっていた。
セリノは鉄枷を壊し、少女を抱き上げる。
ちらりとベリアンの骸に目を向けるが、あっさり背を向け部屋を出た。
一段落ついたが、まだ終わりではない。
彼女を、そしてテオをここから出さなくては。
数日繋がれていたせいで足が少し思うように動かないが、今は無理してでも行かなくてはならない。
〈探査〉を使用すれば、階段を上がった先に一人気配がある。
テオであれば良いのだが。
上がった先は牢が並ぶ部屋だった。
察知した気配に、警戒しながら近寄る。
一つの牢の中で、丸まる見慣れた小さな背中が見えた。
「テオ」
ビクッと背中が震える。
もう一度名を呼べば、信じられないといった顔で少年は振り向いた。
「セリノ!……本当に?」
駆け寄って柵を掴んだテオに、セリノは安心させるように笑って、すぐに表情を引き締める。
「動けますか。まずは脱出します」
牢の鍵を開けるため、抱えていたアキラをテオの前の柵に寄りかからせる形で座らせる。
テオは、そこで初めて少女に気づいたのだろう。
少女とセリノを交互に見る。
「一緒に脱出します。それより、周りを見ていてください」
視線に応え、セリノは呪文を唱えて解錠した。
ベリアンの魔力に頼っていた為か、鍵自体は神官騎士でも開けられる簡単な仕組みのものであったようだ。
「テオ。こっちへ。申し訳ありませんが、彼女を背負って下さい」
再会の喜びは後。
テオが少女の扱いに手間取っているのを手伝いつつ、再び〈探査〉を使用し、館に入る気配を捕らえる。
「3……いや、6人?」
最初にとらえた3人の気配は、地下ではなく階上へ向かったようだ。
しかし、後の3人は何故か動きが止まっている。
そして、1人だけが地下へと動き始めた。
「仕方ありませんね」
少女とテオを背中で隠し、セリノは地上に続く階段を見た。
細剣も攻撃魔法も使えないが、二人が逃げる隙くらいは作らなければ。
と、覚悟を決めようとしてー。
「セリノ!テオ!いるのか!」
最も頼もしい仲間の声が耳に届いた。
戦闘シーン、省略……すいません。