侍女の後悔
ライザール王城、医療室。
わたしは、王と王子の前で身を伏せました。
「お守りできず……申し訳ございません」
いけません。
今は冷静になって、王の処断が下るのを受けねばなりません。
だけど、わたしの心に溢れるのはアキラさまを守れなかった悔しさばかり。
悔しい。
悔しい。
涙が溢れてくるのを止められません。
アキラさまは最初に言葉を交わしてからずっと、わたしの考えていた「乙女」ではございませんでした。
女であれば誰もが羨むであろう美しい髪に白い肌。
王子が思わず口付けてしまうのもわかる愛くるしく清らかな美貌。
保護欲が掻き立てられる華奢なからだつき。
【神が送りこんだ乙女】
まさにその言葉にふさわしい姿でありながら、目を開けば好奇心全開でまっすぐに人を見つめ、口を開けば目を覆いたくなるような暴言を吐き、感情を素直に爆発させ、こちらがハラハラするほど力任せに手や足が出る。
「女性」の型にはまらず、予想外の行動に振り回されてばかりでしたが、普段は素っ気ない風でお優しく、いつしか心からお仕えしたい愛おしい主人となっておりました。
しかし、うぬぼれていたのでしょう。
最初にお仕えしたのが理由なのか、アキラさまは他の侍女よりも心を開いて下さっていたと思います。
それは大変嬉しく、わたしの中でいつしか「主人」というよりは、「年下の身内」の感覚になっていたのに気づいておりませんでした。
あの日。
アキラさまは疲れていらっしゃいました。
身体が、ではございません。
考えればわかる事でございました。
あれほど活発なアキラさまが、制限された範囲の中でおさまっていられましょうか。
好奇心で張られた気持ちの糸がふと緩んでしまったとき、気づかなかった寂しさや窮屈さは特に重くのし掛かって来た事でしょう。
雨の日。
あれほどわたしの前で見せてくれましたのに。
王子がいない寂しさだと。
乙女らしい心があると、むしろ微笑ましく見ておりました。
なんて愚かだったのでしょう。
そんな時こそ、支え守らなければならなかったのに。
「ラウニ。今は状況を知りたい。話せ」
息を乱したままのアルバン王子の声が低く聞こえてきます。
「あの日、雨降る中庭でアキラさまは少しうたた寝をなさいました。お身体を考え、ご就寝された時にお部屋に不備がないか確認に参りました」
そこで見たのは、灯りが落とされ月光のみが降り注ぐ部屋で、窓を開け放ち外へ出んと桟に足をかけた人影でした。
そして、ベッドの脇で、何かを抱えた人影も。
『アキラさま……!?』
『見つかったの』
『あーあ』
一つ目の失敗。
賊に対して、自ら存在を明かしてしまいました。
『先に行くの。任せるの』
『わかった』
ベッドの脇の賊が、腕の中の何かを抱え直します。
その何かをシーツて包んでいましたが、抱え直して乱れその中の少女のお顔が現れました。
『アキラさま!』
私は腰を落とし、スカートの下から両太股の仕込んでいたナイフをひきだし構えました。
アキラさまを抱えた賊が、脱出せんと背を向けたと同時に間をつめていきます。
その肩に、ナイフを突き立てんとした時。
『馬鹿なの』
横から殺気を感じて、突き出した手を引きました。
少し間に合わず、殺気がナイフを握る手をかすってしまいました。
それゆえに倍増される衝撃と痛み。
身を引いて、再び距離をとります。
窓を開けていた賊が蹴り上げた格好で、わたしともう一人の間に立っています。
あの蹴りが、わたしの手をかすったのでしょう。
手にはまだ衝撃が残り、痺れているような感覚が残っています。
アキラさまを抱えた賊は、ちらりとこちらの様子をみて笑い、対峙しているふたりを残し、軽々と窓を越えて外へ出てしまいました。
二つ目の失敗。
わたしは、それでも一人でアキラさまを取り返そうとしました。
痺れる手を敢えて無視し、ナイフを構え直します。
『お退きなさい!』
三つ目の失敗。
アキラさまを抱えた賊が出た窓から、追おうとしました。
残った賊に攻撃をしかけ……るフリをして、迎撃を予定通り交わして飛び越え、窓を目指します。
『だめなの』
足首を捕まれ、強い力で引き戻されます。
遠心力をつけられ、アキラさまのベッドへ放り投げられました。
叩きつけられた衝撃が体を襲いましたが、それより強い殺気が頭上から降りてきます。
『ふ……うっ!』
『ちっ』
体を返して移動すると、横にザックリと爪跡のような傷がつけられました。
殺気は消えません。
体を転がしてベッドの上から出ました。
身を起こしたと同時に、賊の爪が襲いかかってきます。
『くうっ!』
ガチ、っとクロスしたナイフに引っ掛かったモノは、鋭く伸びた爪でありました。
近寄った賊の頭に耳があり、獸人であると気づいた瞬間、腹部に強烈な蹴りが入ります。
『ぐうっ!』
賊の白髪が見えましたが、痛みですぐに霞みます。
続けざまに蹴りが入り、いくつかは手で防御するも、確実に体に損害を与えていきました。
『……もう、めんどくさいの』
賊はわたしに向かって手をかざします。
ぼわっと青白い炎が生まれ、その手を伸ばしてきます。
わたしは防御しようとしてー
『無駄なの』
防御しようとした腕を、そのまま捕まれました。
瞬間。
わたしは。
わたしだけが、炎に包まれてました。
ー狐火。
『あとは、勝手に死ぬの』
賊は、ふいっと殺気を消して、窓からさっさと出てしまいました。
熱い熱い。
痛い痛い。
ナイフを落とし、思わず自分を守るように抱きしめてしまいます。
しかし、やらなければなりません。
寝室のドアを開け、廊下への扉を開け、警備の騎士を呼ぶ………。
それよりも。
わたしは立ち上がり、窓辺へと歩み寄ります。
申し訳ありません。
どうかどうか、間に合いますように。
アキラさま。
わたくしは、思いきり体をぶつけて派手に音を立てて窓を割り、外へその身を投げだしたのです。
ラウニは戦うキャラではなかったのですけど、メイド服の下からふとももに装備していた武器を取り出すというのをしてみたくてこういう話になりました。
なので、戦いなのに防戦になってしまいましたね。




