呪い
「ど…うし、て?」
己の胸に突き立てた刃は固い金属に当たるような音がしたあと、弾かれジニアの足下に落ちた。
ジニアは死のうとした。しかし、死ぬことができなかった。
ジニアが自らを殺めようとすると、身体が見えない障壁に覆われて突き立てたナイフや放った攻撃を跳ね返してしまうのだ。
吸血鬼は呪術という特殊な魔法を使う。
それは特殊な魔力を相手に流し込み永続的な状態以上を起こさせる術だ。
おそらく、転移させられる前にレイルによって施されたのだ。自分の後を追わないように。
「…だめ、そん、なのだ、めだ」
一人にしちゃだめだ。
その言葉で頭がいっぱいになった。
やっと、見つけたのに。
…何を?
やっと、手に入れることができるのに。
…何を?
どうして?
「まちがえたの…?」
口にだした瞬間、様々なものが溢れてきた。
「ぁ…ぁああああああああああ!!!!!!!」
天を仰ぐ。
ジニアは幼かった。
気付くことが出来なかった。
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「ルイをみてくれて、ありがとうございました。」
「いいのよ、ちゃんと取るものとって面倒みてるんだからさ。だけど、一晩預けるだけであんな金額を渡すんじゃないよ、いくらなんでも多すぎだよ。」
涙が枯れはてるまで泣いたあと、一番に思ったことはルイのことだった。
ジニアが住んでいるのはとある町外れの山にある小屋だ。そこにジニアはルイと二人で住んでいた。人間嫌いのジニアがなるべく人と関わらないように選んだ場所であった。
しかし、完全に関わらないように、とはいかなかった。
ルイは赤子だ。まだ、まともに食事もできない。世間知らずのジニアはどうしていいのかわからず、仕方なく当時赤子を育てていた経験豊富の人間に教えを乞いに行ったのだ。
しかし、予想外のことが起こった。子育てを教えてくれた中年の人間の女はお節介だった。女は一人でルイを育てるジニアに、何らかの複雑な事情があると勘違いし、度々町外れの山に訪ねては、食材を分けてくれたり、おしめや服の作り方を教えた。
やがて、その人はジニアが信用する唯一の人間になった。
あの男を殺したらジニアは後を追い、死ぬつもりだった。しかし、ルイがいた。自分の弟を殺すなどできない。
だからジニアは、唯一信用できる人間にルイを託そうと考えた。
何時ものように、仕事にいくと言いルイの世話を頼んだ。
何時もと違ったのは、ありったけのお金を渡したこと。それだけあれば、一人子供が増えても困らないぐらい渡した。
だけど、それは意味がなくなった。
ジニアは死ねなくなった。
男は死ぬ前にジニアに二つの呪術を施した。
一つは、ジニアが自害を企てる意思を持つと、身体が硬直するもの。もう一つは、攻撃や必殺と呼ばれる規模の衝撃をはじくもの。
ジニアは後を追えなくなった。
死ぬ以外の道など考えてなかった。ジニアは急に目の前が見えなくなった。
自分は今までなんで生きてきたのか分からなくなった。立ち上がれる気がしなかった。
先の見えない思考の中で最初に思い出したのは、自分の弟ルイであった。
ジニアは死ねなくなった。自害もできない。ならば、ルイを迎えにいかなければと思った。
ルイの存在がジニアを動かし、一時の希望となった。
ジニアはルイを抱きながら、呆然と歩いていた。なにも考えられなかった。手の中にある暖かな体温だけが、ジニアを動かしていた。
いつの間にか町外れの山の入り口に立っていた。朧気に感じてしまう視界の中で白い雪が降っていた。
このままではルイが風邪をひいてしまう。しかし、足が動かなかった。
その瞬間、視界が鮮明になった。そして、滲んでいった。
涙が零れた。そして、溢れていった。
ジニアは気付いた。男が、自分の父親がジニアの生きる理由だったと。父親を憎んでいたから、憎しみを晴らそうとして、生きていられたのだと。
「なんで、なんで、おいていくの……?」
母も父も何故、自分をいつもおいて行く。何故、生きてと言うのだ。こんな世界で、何故生きねばならない。此処はジニアには優しくないのに。
会いたい。お母さんに、家族に会いたい。
父親を失ったときに感じた痛みがジニアをおそった。胸を強く抑える。
「ぁああああああああああああ!!!」
思いの丈を吐き出した。苦しくて堪らない。痛くて堪らない。
誰か助けて欲しい。