喪失
レイルが使ったのは『転移魔方陣』だった。
魔方陣とは、特殊な回路を刻んだ陣に魔力を流し込むと、詠唱なしで魔法を発動できる代物だ。転移魔方陣は、魔力を流し込むと陣の中心にいたものを瞬時に遠くへ移動させることができる魔方陣である。
レイルも母同様、ジニアを転移で移動させた。
ジニアは土の上に横たわっていた。ただ、呆然と空を眺める。
ジニアにとって、レイルが転移魔方陣を使ったことは、衝撃だった。信じられなかった。あれはまるで母のようだった。
ーー幸せになりなさい
「ーーっ!」
そんなはずはない。あの男は母を不幸にした悪者だ。自分を愛しく見つめていたなど、愛情があったなど、そんなはずがない。
ジニアは上体を起こした。
ゆっくりと立ち上がり歩き出す。
確かめないと、と何を確かめるのか分からないのに、何故かそんな衝動に駆られた。
早く確かめないと今度こそ壊れてしまう。ジニアは痛いくらいに鳴る鼓動を感じ胸を押さえた。
次第にゆっくりとした歩調は駆け足に変わっていた。
ーーあの日のようだ
自分の父親がいた小屋は燃えていた。
何もかもを奪い、燃やした、あの日の業火がそこにあった。
ジニアは火を放っていない。
あのものの数刻で、あの場所に火を放てるのは一人しかいなかった。
「あ…アッハハハ!」
ジニアは笑った。滑稽だった。分かりたくないものがわかってしまったからだ。
火を放ったのは自分の父親だ。
吸血鬼は急所と言われる心臓を撃ち抜かれても、高い生命力のため暫くは生きられる。
おそらく、心臓を撃たれたあと、残った魔力を全て使い家に火をつけたのだろう。
何故、レイルは火をつけたのか。
「何なのですか?逝けるわけないじゃないですか、母のところになんて」
レイルは、母と同じように業火に包まれ息絶えたら、同じ場所に逝けるのではないかと思ったのだ。
滑稽だ。無様だ。愚かだ。だけど、涙が止まらない。
ーー苦しい
突然、胸を掴まれたような苦しさに襲われる。まるで、胸に穴が開いたとようだ。
「ぅ…っぅう」
ジニアは胸を抑え膝をついた。
何か大切なものを失ってしまった気がした。
ひどく自分を攻めたくなった。後悔が襲ってくる。
ーーさびしいよ…
久しく聞こえた少女の声は消えそうだった。