父親
「私たちを生かすためになけなしの魔力をかき集め、邸にある転移魔方陣を起動させ、私たちを無理矢理安全な場所まで飛ばしました。…急いで戻ったときにはもう遅かった」
邸は崩壊していた。母の死体も、あの男の死体も焼かれて無くなった。
男は瞳にさまざまな感情を浮かべ、ジニアの話を聞いた。何を思ったのか、ジニアにはわからない。
「なにか言いたいことはありますか?時世の句でも聞いておいてあげますよ。」
ジニアは、目の前にいる男を父親だと思えなかった。
こいつのせいで母はあんな終わりを迎えてしまったのだ。こいつがあのとき過ちを犯さなければ、母は幸せになれたはずなのだ。
「私が憎いですか?」
ジニアは銃を掴む指に力を入れた。鉄の軋む音が鳴った。
「ええ、憎いです。貴方さえいなければ母は、幸せを捨てて、あんな森のなかでひっそりと生きることなんてなかった。」
母は不幸になんかならなかった。
「それでは、自分を否定することになりますよ。」
ジニアは鼻でわらった。
「ええ、私は私が憎い。母は私を宿したせいで、あんなことになってしまったのだから。私も、生まれたせいで母の幸せを壊した。…貴方と同じです。」
ジニアは自分が今どんな顔をしているのか分からなかった。ただ、それを見た自分の父親が痛ましそうに顔を歪めたのは分かった。
「貴方など、私には要らなかった。ただ、母がいてくれればそれでよかった。…なのに、なんで私は貴方を、母を不幸にした吸血鬼を父親だと認めないといけないのですか。すべてをめちゃくちゃにした憎き化け物を父親としてみないといけないのですか。」
ジニアは人外と人間のハーフだった。
吸血鬼とは同族以外の生き物の血液を主食とするモンスターだ。個体の能力は優れていて、寿命も長い。そして、長寿の秘薬の材料にもなる絶滅危惧種だ。
いくら、個体一つ一つが優秀だとしても、数十人がかかってきたらさすがにまける。しかも、長寿のため繁殖能力が低く数が少ない。長寿を求める強欲な人間どもに狩り続けられ、いまでは存在しない幻のモンスターと言われている。
ジニアは母を探している時、吸血鬼だとばれ死にかけたことがあった。その時、自分が人間ではないことを知り、人間として扱われない悲しみと絶望を知った。
そして、その時生まれた怒りは母が死んだ瞬間、自分の実の父親に向かった。
ジニアは気づけない。自分がしようとしている事は八当りでしかないことを。
「私は全てを終わらすためにここまで来ました。」
この言葉に大義など無いことを。
「そう…ですか」
男は何かをこらえるように目を閉じた。
そして、数拍して開く。
ジニアは警戒を強めた。男の目が何かを決意したように見えたからだ。
「私が死んだら、貴女はどうするのですか?」
「…」
ジニアは答えなかった。自分の中で決めていたものが見透かされたからだ。
「『お前を殺して私も死ぬ』ですか…」
「だから、なんです?」
「なぜあなたも死ぬ必要があるのです」
ジニアは大声で嗤いたくなった。身に宿った怒りが沸騰しそうだ。
「なぜ、母を不幸にしたものたちが生きているんですか?幸せであるべきものたちが死に、咎人が生きている?そんなのいらない」
理由はそれだけだった。自分が自分を許せない。殺したいほどに許せない。それだけだ。
ーーそれに、
口に出した言葉は本心だったのか。ジニアには分からない。
「一人ぼっちはさびしいでしょう?」
それは誰に向けてだったのか。どんな理由があったのか、ジニアにも分からなかった。
「…」
男はなにも言わなかった。
「さて、不毛な会話はここで終わりにしましょう。…さようなら、レイル」
ジニアは引き金に指をおいた。
「それは出来かねます」
その言葉に構える隙もなかった。
突然、強い魔力が部屋中に流れ出した。
「ーーっ!」
床に紅く輝く文字が浮かびあがり、陣を描いて行く。忌々しいそれにジニアは戦慄した。
「貴様ぁっ!」
状況を完全に理解する前にジニアは動いた。
目の前の憎き存在を消そうと、引き金を引いた。
撃ち込んだ弾丸は男の胸に紅い花を咲かせた。
それを認識した瞬間ジニアの視界がぶれ、次の瞬間飛ばされた。
ーー幸せになりなさい
最後に聴こえたのは、己の父親のせめてもの『らしい』言葉だった。