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そして、始まる

母がいなくなってからの七年間、この場所の存在を、思い出を、ジニアは忘れたことがなかった。


宝石以上に光を反射して輝く川は、あの頃のジニアのお気に入りの場所だった。

この場所が好きすぎて毎日率先して魚釣りや、水汲みに行ったほどだ。


此処はいつだって変わらず、ジニアに平等な美しさを教えてくれた。


ジニアは抱いていたルイを下ろし、川に向かって歩いた。

川に着くと、しゃがみこみ流れる水を掬った。


ーー此処は変わらない


光を反射させ輝く水に、不思議と安堵した。

手の中にある水を溢さないようにゆっくりと自分の口元に持っていき、それを口に含んだ。

身体中に冷たさが広がった。




 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄

ランプに灯していた火を消す。


窓から月の明かりが入り、少年のいる書斎を怪しく照らした。


少年は椅子から立ち上がり、机から離れた。


その瞬間を待っていたかのように、ノックの音が少年のいる部屋に響く。


「入れ」


吐き出した言葉は、子供特有の無邪気な部分を剥ぎ取ったかのように冷淡なものだった。


部屋の主の許可が下りたためか、ドアが開かれる。


「御呼びでしょうか」

入ってきたのは少年よりいくらか上の赤髪の青年。


窓から差し込む光に照らされた、青年の顔は美しい。


西の者特有の彫りが深い顔は一目で美青年だとわかる。


一見、感情が宿らないように感じる静かな瞳は、その奥に確かな刃を宿している。


歳にそぐわない複雑な瞳が青年を、男と青年の間に時を止めていた。



「吸血鬼による吸血事件が起こったらしい。…レイル、お前はどうする?」


少年は青年の方に視線をやらず、窓から覗くつきを見上げながら独り言のように言った。



「…少しお暇をいただきたいのですが…我が主人よ」

青年は、腰を折った体勢のまま、主の姿を瞳に入れることなく休暇の催促をした。


無感情の瞳の奥が、熱い色を宿した。


「明日から五日間、お前に暇を与える。…ゆっくりと身体を癒すがいい。」

青年ーーレイルの主である少年は月から目を離し、振り返った。


月明かりに照らされ、少年の青い髪が怪しく輝く。


振り返った主はわらっていた。


この先の自分の行動をわかっていて、それがどのように転ぶのか楽しみで仕方ないと、その表情が語っていた。


「話は以上だ、下がれ」

少年は再び窓に目を向けた。


そして、冷淡な声で退室をレイルに命じた。


レイルは目を伏せ、なるべく主の方に顔を向けないように、身体を起こした。


そして、出る前に一礼すると、部屋から退室した。




部屋を出た瞬間、レイルの髪の色が先の方から、変化してゆく。


数秒後、レイルの髪は灯りの灯していない廊下の闇と、同化した。


赤髪を持つ人間は存在しない。この世で赤髪を持つものは、吸血鬼だ。


人の血液を主食とする化け物の証明。血を食らい生きてきた罪の証明。


欲深き人間どもの目から逃れるために、血に刻まれた呪い。


髪の色を変えることは、吸血鬼全員ができる。


化け物の証を、偽りで染めることができる。



レイルの髪は腰まであり、一つに束ねている。


闇色に染まった髪を一なでする。


闇の色は好きだ。


この世で最も愛しい色だからだ。



まぶたの奥で浮かんだ愛しい人の顔に、レイルは胸を引き裂かれるような痛みを感じ、自分の髪を握りしめた。


気づいてはいけない。


自分の抱く願望を叶えてはいけない。これは全てを裏切ってしまうものだから。


自分に出来ることは、やるべきことは、愚かな望みではない。


うつむいていた顔をあげる。


目の前にあるのは闇。何もその先を照らしてくれない。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


ーー物心がつく前から、私はここに住んでいた。


ルイを抱きながら、目の前にある小さな小屋を見つめる。


此処は、ジニアと母が暮らしていた家だった。


生まれてから十年は、ジニアの今までで一番幸せな時間だった。


それ以上に幸せだった記憶は、外の世界では存在しなかった。


幸せと言う定義を教えてくれたのは此処だった。



一度、疑問に思ったことがある。


この小屋は母が造ったのだろうかと。そして、そこで私を育てたのだろうかと。


しかし、此処は十七年遡っていても存在していた。



ジニアは小屋のドアを開ける。


内装はあのときからほぼ変わっていなかった。簡単な料理が作れる小さな暖炉と調理場のある部屋と、一人分のベットが置かれた部屋、合わせて二部屋ある小さな山小屋。


ベットのシーツと食器が変わっているが、十九年前の世界だ、母がとり変えていてもおかしくない。



ベットに手を伸ばし、撫でる。


ーーポトッ


頬に冷たいものが伝う。


十才のあの日から母が死ぬ前までは、泣くことすら忘れていたのに、自分は弱くなってしまったのだろうか。


「…まってて、」


ーー必ず、必ず幸せにするから。


ベットを撫でた手を、強く握りしめる。


瞳に熱いものがやどった。



ジニアは知らない。


今の自分がどれ程あの男に似ているのか。

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