子猫と青年
「ん?」
とある夜。たまたま小規模な公園の近くを通りかかった青年は、陽が落ちてなお盛んな蝉の声に紛れて、小さな鳴き声がしていることに気づいた。
耳を澄ましてみると、よくは聞き取れないが、虫ではない鳴き声がしている。
「……行ってみるか」
興味を惹かれた青年が公園に入っていくと、都会らしく全体的にこじんまりとした遊具の中の一つ、滑り台の上から鳴き声が聞こえてくる。
よっこいしょ、という爺くさい声を出しながら青年が滑り台を上っていくと、ちょうど階段を上りきったところに、背の高い段ボールの箱が置いてあり、その中から鳴き声がしている。
ひょい、と掛けてあったタオルを退けてみると、中には白いタオルが敷き詰められており、その上に真っ白い子猫がいた。
壁にカリカリと爪を立てながら鳴いていた子猫は、真也に気づくとピタリと動きを止め、青年をまじまじと見つめ始めた。
「…………」
「…………」
奇妙な緊張が続くこと、数十秒。その均衡を崩したのは、青年だった。
青年は提げていた肩掛け鞄から、先ほどコンビニで購入したスルメイカを少量取り出すと、子猫の前にちょん、と置いた。
「……にゃ……?」
突然置かれたスルメイカを、じいっと穴が空くほど見つめた後、子猫は鼻を近づけ、すんすんと匂いを嗅ぐ。そしてたしたしと前足でスルメイカを触り、無害なものだと確かめた後。子猫はスルメイカにかじりついた。
無言でスルメイカを平らげていく子猫を、青年は微笑みながら見ていた。
そして子猫がスルメイカを食べ終えると、再びスルメイカを取り出す。
「…………」
青年が持っているスルメイカに熱視線を送る子猫。
青年がそれを差し出してくるのを見て、猫のくせに犬のように尻尾を振っていた子猫は、しかし絶望にうちひしがれることとなった。
「にゃにゃにゃ!?」
後少しで子猫の射程圏内に入るところだったスルメイカは、しかし突然向きを変え。青年の口へと、放り込まれてしまったのである。
「にゃにゃにゃ!! にゃにゃにゃにゃにゃ!!」
抗議するように鳴く子猫だったが、青年が口を開け、その中に何もないことを見ると、パタリと倒れ伏した。
「…………」
青年はそんな子猫の反応を見て、にやにやと笑っていた。
「……にゃ……にゃ……にゃにゃにゃあ……」
しかし子猫がさめざめと泣き始めると、段々と罪悪感が沸いてきた。
「……にゃああ……にゃああ……にゃーにゃにゃにゃ……」
そして泣き声が激しくなってくると、胸を押さえて苦しみだした。
「うわ!?」
挙げ句の果てには派手にのけ反り、滑り台から落下しそうになった青年は、やっと我に帰ると、慌てて鞄からスルメイカの残りを取り出し、子猫の前に置く。
「にゃっ!!」
その瞬間、子猫は豹のような敏捷さでスルメイカに飛び付くと、スルメイカを体全体で抱え込みながら食べ始めた。……青年を警戒しながら。
そんな子猫を見た青年は、苦笑する。
そして段ボール箱を抱えると、落ちないようにゆっくりと階段を降り始めた。