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第一章 第四話


「う~ん……違う! だからそこはつや消しのレッドブラウンを使うんだ! ……あ、あれ、ここは?」


 ふと目が覚めたら、そこは日本家屋の見本のような佐奈ん家の広間だった。敷かれた布団のその傍らには、二人の美少女天使がちょこんと座り、俺を迎えに来てくれているようだ。


 そうか、俺は死んだのか。死んで布団に寝かされて、今はもう幽霊か魂かの存在なってこの状況を見ているのか。

 いやちがう! 違うぞ! 俺が死んじまった時は、今まで作ったフィギュア達が天使となって、俺を出迎えてくれるはずだ! こんなかわいい仮面を被った殺戮マシーンと、自称神様の天使しか来ないなんて訳が無い! 

 そうだ、俺はまだ死んじゃいないんだ。だってその証拠に、さっき佐奈にぶん殴られた顎が、砕けたように痛いもの。


「あ、気が付いた? 龍。さっきはその……あの……悪……かったわね」


 ぷいと横向きながら、たどたどしく謝る佐奈。別に期待はしてないけど、彼女には素直にごめんなさいと言う機能は付いてないのだろうか?


「ま、生きておっただけ良いわ」


 花鶏が微笑を湛えながら言う。気が付けば既にすっぽんぽんでは無く、ちゃんとした服を着ている。そいつはまさに今時の女の子の装いだ。 

 白地に水色のストライプの入ったフード付きのTシャツ、そして薄桃色の短いフレアスカート。そう言えばこの服って、以前佐奈が着てたやつだな。


「佐奈に服貸してもらったのか。なんだか完璧に現代っ子って感じだな、花鶏」


 思わず言葉が零れた。


「うむ、そうかのぅ。わしも案外気に入っておる」


 まんざらでもないと言った様子でふふふと笑う。神様でもやっぱり女の子なんだな。


「コホン」


 と、わざと咳払いを一つ。佐奈が俺の注目を引く。


「龍、さっきこの花鶏? から全部聞いたわ。驚いた、アンタなんかに万物の封印を解く血が流れてるだなんて」

「『なんかに』は余計だ」


 まぁ最初は俺も誰かに自慢してやりたい衝動でうずうずしたけど、封印を解く恐ろしさを実感した今となっては、その衝動も綺麗さっぱり消え去り、逆に恐ろしささえ覚えるくらいだ。


「開封行士か。話だけはお祖父様に聞いてたけど……まさかアンタがそうだとはね」


 ふん、と鼻から溜息を零し、『え~これが? 冗談でしょ?』という視線で俺をまじまじと見つめる佐奈。そいつはまるで『邪神』と渾名される、某アニメのDVD限定プレミアムボックスに同梱された伝説のフィギュアを見るような目だった。まったく失礼なやつだな。自分だって奇妙な魔法みたいなの使うくせに。


「で、アンタこれからどうすんのよ?」

「え、俺? どうすんのって……勿論これからも日々フィギュア製作に精進して、ゆくゆくは日本一のおっぱいマイスターになる予定だけど?」

「違うわよこの超ドアホッ! 聞けば開封行士であるアンタの魂を食らった物の怪の類は、世の封印された悪意ある者達を呼び覚ましたり、従わせたりする能力を持つとかって話じゃない? 逃げ出したももいろあやかし達も、きっとアンタを食らいに舞い戻ってくるはずよ」

「き、聞いてないぞそんな裏設定! フィギュアの精が俺を取り殺そうとするならまだしも、そんな得体の知れない妖怪の類にとって食われるなんざ、御免被るぞ!」

「でもアンタがいくら御免被ったところでさぁ、肝心のあちらさんがねぇ……」

「うわっ、人事だと思って鼻で笑ってやがる。大体俺だってなりたくてなったわけじゃねぇや!」


 と、俺と佐奈の会話を聞いていた花鶏が、割って入った。


「かわいい痴話喧嘩じゃのう、面白いぞお主等」

「「痴話喧嘩じゃない!」」

「ふふふ、よいよい。だがの、奴等ももいろあやかし共が、龍一の魂を狙うとまだ決まったわけではない。奴等に邪な心があり、お主を食ろうて事に及ぼうと言う悪心を持っておればの話じゃ」

「なんだそうだったのか。脅かしっこなしだぞ花鶏」


 と、空を覆い隠すほどの黒雲に一条の光が見えたかと喜んだ途端、その隙間からメテオを落っことし、俺を失意のどん底に叩き込むような台詞を吐く者が現れた。


「いやいや、アレは十中八九悪しき妖者およずれものぢゃ」

「だ、誰だ! 人がせっかく安堵しているってのに更なる不安をたきつけるのは……って、なんだじいちゃんか」


 プルプルと小刻みに震えながらおぼつかない足取りで現れたその人こそ、この錠前家の家長であり、錠前神社の神主でもある、佐奈のじいちゃんだ。


「のぉ龍よ。先ずはお前さんに謝らねばならんな。鍵野一族に開封行士の血が流れておると言う事をお前さんに教えなんだ故に、こんな事態になってしもた。そのような力は知らぬに越した事はないという、ワシ等大人の高慢で勝手な思い込みが招いた結果ぢゃ。これはワシ等大人の責任ぢゃよ、すまんな龍一」

 浴衣姿のじいちゃんが俺の前まで歩み寄り、ゆっくりと膝を付いて、頭を下げた。それは老いぼれ老人らしからぬ、実に見事な一礼だった。


「じ、じいちゃんいいよもう。頭を上げてくれよ」


 俺は布団から起きて、深々と頭を垂れるじいちゃんに頭を上げるよう願い出た。だが、


「いやいや、詫びもあるが感謝としての礼もある。お前さんあやかし共が現れた際、身を挺して佐奈やこの娘子を救うてくれたそうぢゃあないか。そのためにこんな顎や左顔面に、まるで鈍器のようなもので殴られた跡までこさえてしまって……お陰でかわいい孫も娘子も、ほれこの通り無事ぢゃ」

 うーん? じいちゃん、話が見えないぞ?


『一応私はおしとやかで通ってるの。わかってるわよね?』


 ふと感じた佐奈の念と抉り込む様な視線が、俺の背中をビシバシと攻撃している。じいちゃん、話はぜんぜん見えませんが、真実を話すと俺の今後が失われるという未来予想図は明確に見えました。


「じゃがのう、龍よ。思慮なき勇敢さはただの犬死を招くだけぢゃ。なんと言うたかのう、そう、匹夫の雄というやつぢゃよ」

「ひっぷのゆう……わかったよじいちゃん。女性のヒップには迂闊に手を出すなって事だね」

「そうぢゃ! 女性のケツは見る分にはええ。ぢゃが手を出してはいかん。手を出すのは警察にご厄介になると言う、愚か者の行為ぢゃ。何の考えも無しに手を出すと痛い目にあう、そうならんようにという戒めぢゃよ」


 じいちゃんが折角ありがたい教訓を俺に説いてくれているというのに、佐奈ときたらまるでアホを見るような蔑んだ目で俺達を見ている。まぁ女子供にこのような男の教訓はわかるまい、判るまいよ。


「ふむ。だがももいろあやかし共とは本来、そこまで悪意ある異形の輩ではないはず」

「いやいや、封印されとった三匹は特別ぢゃてな。今調べてきたのぢゃが、古文書によるとあれらは災いを好み撒き散らし、人の世を牛耳ろうと画策するももいろあやかしらしいのぢゃ。よって一族総出で封印したとある。かなりの強敵ぢゃぞ」

「じ、じいちゃん! それってやっぱ俺、超激ヤバって事?」

「おう、ビンゴぢゃ!」


 じいちゃん、何楽しそうに親指立ててんだよ。そんな悲しいビンゴは嫌だよ!


「それより娘さんよ、あんたは聞くところによると九十九の神様だぁそうぢゃないか。どういった了見で現世に舞い降りたかは存ぜぬが……この先どうなさるおつもりかの?」


 花鶏に視線を移したじいちゃん。さっきまでのボケ老人が、キッと眼光鋭くなった。さすがは神主、神様との対話には誠心誠意真摯な態度で臨もうと言う意気込みを見せている。老いたりとはいえまだまだ現役を退く気はないようだ。


「そうじゃのう……目覚めた暁には、現世で人の子と戯れの生活なども面白かろうと思うておったが――神主殿、何を見ておる?」


 食い入るように花鶏を見つめ、微動だにしないじいちゃん。良く見るとその視線の先は花鶏の――足元から腰の辺り。すらりと伸びるしなやかな足もさることながら、恐らく一等目を引いていたのはその根元。少しめくりあがったスカートから覗く、白地にブルーのストライブの入ったパンツだった。


 じいちゃん……老いたりとはいえまだまだ現役を退く気はないようだね。


「おお、こりゃいかん。歳とるとボケていかんわ。はて何の話ぢゃったかのう?」

「花鶏の話です! お祖父様」

「おう、そうぢゃった。やはりこの娘さんには黒の下着がよう似合うと思うがのぅ、どうぢゃ?」


 うんうん。花鶏に黒の下着が似合うと言う意見には、俺も一票を投じさせてもらうよ。なんていってる場合じゃない!

「このエロジジイ! やはりここは我が錠前家の威厳を保つため……せめて孫娘の私のこの手で!」


 佐奈の周りには、まるで炎のような真紅の何かが『ゴ ゴ ゴ ゴ ゴ』と揺らめき立って、今にも奥義か何かを繰り出してじいちゃんを葬り去らんとせん勢いだ。このままではじいちゃんの残り少ない人生が、一気にエンディングを迎えてしまう! 


「まぁまぁ佐奈、今はそんな事言ってる場合じゃないだろ? せめてこのももいろあやかし騒動が終わるまで、じいちゃんの命は保留って事でいいじゃないか。どうせ老い先短いんだし」

「あんたはだまってなさい!」


 黙ってなさいと言われて、はいそうですかと引き下がれない。何せこちとら命にかかわる事だ。こんな時にじいちゃんにお迎えが来てしまったら、ももいろあやかし達の情報や、有効な対処法なんかが聞けなくなってしまう。


「そんな事言うなよ、味方は多いほうがいいじゃないか」

「そうじゃの。龍一の言う事にも一理ある。神主殿の力はこの先必ず必要となろう」

「ぐぬぬ……仕方ないわね」


 花鶏の一言で、落ち着きを取り戻した佐奈。よかったなじいちゃん! あとちょっとだけ生きててもいいってさ。


「とにかくじゃ、ももいろあやかし等が龍一を襲うというのであれば、わしも少々考えねばならんのぅ」

「何をだ? 花鶏」

「この身体の創造主たる龍一、お主が死ねば、わしも消え去ってしまう。現世で寄り代の無きままでは、わしとておる意味がないでな」

「で、どうするの? 何か策でもあるの花鶏」


 佐奈の言葉に、花鶏が俺を見て言う。


「うむ、致し方なし。こやつの傍を片時も離れずにおる。昼夜問わずじゃ」

「「エェ~ッ!!」」


 思いもよらない花鶏の言葉。おはようからお休みまで暮らしを見つめるストーキング宣言。

 無論俺は良い! 許可する! 了承! その案に乗った! だがなぁ……


「ダメダメ! そんな事ダメに決まってるじゃない! 神様とは言え、花鶏みたいなかわいい女の子をこんな変態の巣窟に放り込むような真似、いえ、変態大魔王の生贄に捧げるような真似はできないわ! 却下却下!」


 当然そう言うわな。


「でもだからって、俺が狙われているというのはほぼ決定事項なんだ。誰が俺の身の安全を確保してくれるんだ?」

「そ、それは……」


 少し目を伏せ、視線を横に向ける佐奈。だがそんな佐奈に、花鶏がしれっと言う。


「ならお主も来れば良かろう」

「はぁっ? あ、あたしが龍ん家に? じょ、冗談でしょ!」

「あぁ、そりゃ名案だ」 

「バカ言わないでよ! なんでアンタと一つ屋根の下で寝泊りしなきゃいけないのよ!」

「だってさ、俺という変態教の大教皇様が花鶏に変な事をしないかという懸念を持つのであれば、うちに住み込んででも最後まで責任を持って監視するのがスジだろ?」


 俺の正論に、流石の佐奈も言葉が無いようだ。


「わしはどちらでも構わぬぞ? ただのぅ、どのみち妖封宮司であるお主が、あ奴等を封印せねばならんのだ。常に傍らへ居ってくれたほうが、わしとしても助かるのだがのぅ」

「そ、そう? う~ん……だ、だったら仕方が無いわね。花鶏が来てほしいってんなら、行ってあげてもいいケドさ……」


 変わらずの凛とした表情で、佐奈へと諭すように語る花鶏。そいつはどこか佐奈の心を見透かしたような物言いだった。

 判る、判るよ佐奈。朴念仁のような思考回路のこんな俺でも、実は佐奈も俺ん家に来たがっているという事は判ってるよ。お前と俺とは長い付き合いだ。いろいろと疎い俺でも、なんとなく気が付くってもんだ。

 そりゃあ清純派の佐奈からしたら、面と向かって俺の家に「はい行きます」なんて恥ずかしくて言えないだろうさ。きっと「ち、違うわよバカ!」って否定するだろうけど、俺も花鶏も、もう気付いちまってるんだよ。

 そう――――ももいろあやかしと誰よりも真っ先にガチ勝負して、ぼっこぼこにしてやりたいなんて事を。

 きっとグラップラーとしての血が騒ぐんだろうな。でもうら若き乙女だし、そんな事はおくびにも出せないだろうからね。判ってる、わかってるよ、佐奈。


「龍、今ものすごーく失礼な事考えなかった?」

「あ、いや! 血が滾るだろうなとか、闘争本能が騒ぐんだろうなとか、そんな事考えてないっすよ!」

「人の事を何だと思ってんの、このバカ!」


 殺気を孕んだ佐奈の視線が俺をえぐる様に貫く。やばい、俺の命が是非ともヤバい! な、何とか話を逸らさなきゃ。


「と、ところで花鶏、お前俺を守るって言ってもさ、奴らと戦えるような特技とかあるのか?」

「ふむ、あると言えばある……かの?」


 なんだか曖昧な言葉でお茶を濁しているようでもあるけど、一応は神様の端くれなんだ。ニンゲン如きと実力は桁違いなんだろう。


「まぁよくわかんないけどさ、一応は自信アリと考えていいんだろ?」

「ふふ、まぁの」

「と言う訳だ、佐奈。お前の闘争本能の出る幕は無いかもしれないけどさ、トドメを刺す位なら出来るかもしれないぜ?」


 言って気が付いた。俺、また余計な事言って元の木阿弥を自ら招いてしまったんじゃないかな?


「私を凶暴扱いするな!」


 と、俺にゲンコツを食らわせながら言う。そうだね、これくらいじゃ凶暴とは言わないよね。


「まあいいわ、それよりちゃんと私と花鶏の部屋はあるんでしょうね?」

「いてて……ああ、あるともさ。二階に使われて無い部屋が二つ」

「ならいいわ。じゃあ私は支度があるから、龍と花鶏は先に行ってて……で、いいですよねお祖父様?」


 と、完全にその存在を忘れていた老体に目を向ける。見ると、じいちゃんは微動だにせず目を瞑り、何事かを思案しているようだ…………おい、死んでんじゃねぇか?


「本来ならばわしが行って龍を守ってやらねばならぬのぢゃがのぅ……まぁ九十九の神様もおわす事ぢゃし、よい修練の機会になるかも知れぬか」


 良かった。どうにかまだ生きているようだ。


「うむ、よいぢゃろう佐奈。気をつけての」

「はい、お祖父様」


 そう言って、またじいちゃんは静かに目を閉じた。じいちゃん、それ心臓に悪いからやめてくれ。

最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!


次話(第五話)は19時に投稿いたします。


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