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第一章 第二話



 相変わらず厳かに立ち尽くしている御神木。その姿たるや、夕闇の朱と蒼を静かに纏って、より一層神秘的に見える。


 さて、佐奈をまいてここにたどり着いたはいい。それはいいが……いざ夢に見た現場へとたどり着いた途端、ふと肝心な事に気がついてしまった。


「このフィギュア……どうすればいいんだ?」 


 一応お供えすれば良いんじゃないかなんてお気楽に考えてはいたんだけれど、見る限りお供えする場所もないし、あったとしても、お供えのやり方だとかそういった儀式的な作法もまったく分からないときた。そりゃそうだよな、なにせ俺は普通の高校生なんだもん。


 とりあえずフィギュアを取り出して御神木にかざしてみたり、根元にそっとおいて膝を付き両手を合わせてお祈りしてみたり、夢で見た裸の女の子を思い浮かべながら神妙に土下座をしてみたり、ヤケになってよよいのよいと踊ってみたり……誰かにこんなとこを見られたら、この恥ずかしい一連の挙動に「ああ、かわいそうな子なんだな」と蔑視の目をむけ、あるいは同情の念を抱かれるだろうな。


 それにしてもどうする? どうしようか? どうすればいいんだよ全裸子! お前さんが言う通り、体を持ってきてやったんだぞ。毎夜毎夜夢に出てくるくらいなんだから、今この場に出てきてくれても良いんじゃないか?


「ハァ……なんだか無駄足だったな。もしかして、ただ俺の心が病んでいるだけなのかなぁ?」


 大きなため息を一つつき、ふと我に返る。気が付くと周囲はすっかり日が暮れて、一層不気味さが増してきていた。辺りに明かりはまったくないという状況だ。これじゃ帰る時、足元がおぼつかないぞ。どうする? どうしよう? うーん……よし! かくなる上は――


「帰って寝よう!」


 寝ればまた彼女に会えるだろうし、そのとき聞き出せばいいや。そう考えて帰宅の徒に付こうと、御神木の根元にお供えした全裸少女のフィギュアを拾い取ろうと手を伸ばした。そんな時だった。

 日没という暗さ故の、なんともベタな展開だった。俺とした事が、周囲に張り巡らされた御神木の根に足を取られ、前のめりにすっころんでしまったんだ。


「うわっと!」


 ガツンッ! と顔面を木の幹にしこたま打ちつけ、ツーンと鼻の頭に激痛が走る。目からは涙がぽろぽろと零れ落ち、頬から顎へと伝い落ちた。鼻っ先の事を涙ボタンとはよく言ったもんだよな。悲しくないときにも涙って出るもんなんですね。


「っ痛ぇ~! 何もかもが最悪だよ……」


 と、涙が伝う感触とは別に、鼻の辺りにも何かが伝い落ちる様な感覚があることに気付いた。あー……これってもしかして鼻血? 

 そっと鼻の下を触ってみると、ぬるりとした感触。ああ、やっぱ鼻血が出てた。

 うわぁ、いつ以来だよ鼻血なんて出したの? 小学生のとき、親父の部屋に隠してあった女性の裸が目白押しな大人の保健体育的写真集を見た時以来? アレはすごかったな……初めて見た年齢制限つき写真誌があんな内容だもんな。小学生の俺にはちょっと衝撃的過ぎたよな。その内容を詳しく説明すると、表紙一面にでかでかと特盛りボイ……いや、今はそんな事に思いを馳せている場合じゃない。とりあえずフィギュアを回収してさっさと家に帰ろう。

 と、俺の鼻血の付いた手でフィギュアを握ったその瞬間!

 全裸少女のフィギュアがまばゆい光に包まれたかと思うと、突如御神木の幹の辺りから煙のようなものが勢いよく溢れ出し、手にしていたフィギュアへと駆け入る様に流れ込んできたんだ!


「どぅわっ!」


 その時生じた何か得体の知れない衝撃に、俺の身体は後ろへと弾き飛ばされてしまった。


「………………いててて……一体何が起こ――――な、なんだありゃ?」


 思わず手放したフィギュアが、地面に打ち転がってすぐの事だ。あまりの突然な出来事に、開ききった口を閉じる事も忘れて、俺はそいつを見つめていた。そう、目の前の信じられない光景を、ただボーゼンと見入る他なかったんだ。

 まるで太陽光線のような力強い輝きを放ちながら、徐々に肥大してゆくフィギュアだったもの。そして等身大にまで大きくなったそれは徐々に輝きを落とし、うら若き少女の身体の様子を呈し始めたんだ。


 腰を抜かすほどの驚きと激しすぎる心臓の鼓動。めまいと恐怖と期待と不安と盆と正月がいっぺんに襲い来たような不思議な感覚。心のどこかではこうなるんじゃないか、なったら面白いなと予想していたにもかかわらず、実際に目の当たりにした俺の心と体を駆け巡る衝撃は計り知れなかった。


「これはマジか……マジだ!」


 間抜けな独り言が開きっぱなしの口から零れ落ちた。

 やがて光は失せ、元の闇が周囲を染め抜いた。輝きを放っていた場所には、何か滑らかな丸みを帯びたものがうっすらと見える。

 俺は度胸と根性と欲情を振り絞り、よくよく目を凝らしてそこに横たわる生白きモノの正体を確かめた。勿論九分九里その正体は判っている。こいつが夢に見た通りであれば、そこに横たわっているものは――全裸の美少女!

 今ほど懐中電灯を持ってこなかった事を後悔した事は無い。未来の俺、なんで「常に懐中電灯はもっておけよ!」と時空を超えて教えてくれなかったんだ?


「う……ううん……」


 そんな時空超越通信能力を持たない俺が自分自身の力の無さを責めている間に、彼女が意識を取り戻したようだ。いや、まだアレが『彼女』と決まったワケではないな。もしかしたらぬらりひょんのようなジジイ系の妖怪かもしれない。

 そうでない事を願いつつ、俺は闇に横たわるうめき声の主に、恐る恐る声をかけてみた。


「も、もしもし、大丈夫ですか?」


 すると『彼女』は、か細い両の手でゆっくりと地面から体を起こし、頭をもたげ、大きな深呼吸を一つついた。その挙動に、漆黒の空間に溶け込むような長い黒髪が音も無く垂れ落ち、表情を垣間見せる。


「や、やっぱり君は夢の中の……」


 それは紛れも無く、夢に出てきた女の子だ。

 空ろな眼差しではあるものの、覗き込めば吸い込まれるかと思うほどの魅力的な瞳。闇夜でもその存在を主張するかのような新雪を思わせる肌。そして残念なおっぱい。何もかもが夢の中のまま、そして俺が作ったフィギュアのままだった。

 彼女は自らの身体を見回し、撫で触り、それが間違いなく自分自身であることを認識したようだ。


「お……おお。我が身、我が体。やれ嬉しや……おお、お主は開封行士。古の契りを果たしてくれたか……感謝するぞ」


 まるで寝起きのような力ない声だけど、夢で聞いた声そのままだ。


「か、開封行士? それって俺の事かな?」

「お主以外に誰がおる?」 

「言葉の意味は良くわからないけど、君が迷惑にも夜な夜な夢枕に立って、体を作れと言ったからそうしたまでだよ」

「そうか、己の素性を知らんのか。まあそれは良い、とにかく礼を言うぞ開封――」

「あー、俺の名前は龍一。鍵野龍一。君は?」

「わしか? わしは……」


 彼女は未だ夢現をさ迷う眼差しを静かに閉じ、少し考える素振りを見せてからこう告げた。


「そう、わしの名は花鶏あとり。斯様に呼ばれておった……遥か古にな」


 見れば、さっきまでの空ろだった瞳が、どこか遠くを見るようなそれに変わっている。まるで大昔に大切なものを置き忘れてきたような、そんな想いが奥深く漂っているように感じられた。


「えっと、とりあえずどうしたら良いのかな? 花鶏、立って歩けるかい?」

「うむ、お主が良き身体を与えてくれたでな、些かも問題ない」


 と、古くさい口調と共に鼻を小さく鳴らし、ゆっくりと立ち上がる花鶏。それは夢で見たのとそっくりそのままの風景であり、俺にデジャヴュを感じさせた。


 しかし慣れとは恐ろしいものだとつくづく感じてしまうね。いくら夜闇の中とはいえ、全裸の美少女が俺の目の前に立っているんだぜ? それなのに俺ときたら特に何も感じないと来た。俺が作り出し、命を吹き込んだ美少女。まるで彼女が自分の娘であるかのような感覚さえ覚える。きっとそんな気持ちが、煩悩の塊のような俺の欲情を凌駕しているのかもしれない。

 と言えば聞こえは良いが――恐らくは見慣れてしまったという事だろうな。そりゃまあ夢とはいえ半月も同じ裸体を見続けてきた訳だし、興味や欲望をそそるおっぱいではないし。無理も無いよな。

 だがしかし綺麗な身体だ。華奢でいて涼しげで、それでも凛とした佇まい。芸術的裸体と言うのは、きっと彼女の身体のようなを言うのだろう。こうなると胸がちっぱいである事が非常に悔やまれる! 可能であれば、次回はでっぱいバージョンのフィギュアを製作させて頂きますので、完成の暁には是非ともそちらに再インストールしてほしいもんだ。


「何を見ておるのじゃ開封――いや、龍一とやらよ。わしの身体がおかしいかの?」

「いや、いやいや! 完璧すぎるほどに問題ないです」

「フフフ……判っておるわ。お主、この胸の事を考えておったのだろう?」

「げっ! ごごごごめんなさい! いえ、あなたの身体に欲情したわけでございません! ただもうちょっとおっぱいをおっきくサービスして作って差し上げた方がよろしかったかなと。いえいえ、これは決して俺の趣味とか願望とか欲望丸出しの考えとかではぜんぜんありませんでして……って、俺の心が読めるのか?」

「まあのう。これでも一応は神仏のはしくれじゃからな」

「へっ? し、神仏って神様って事っスか?」

「うむ、そうじゃ。まあ等級低き『物神』じゃから偉そうな事は言えんがの。お主等人の子が言うところの『九十九の神』よ」


 九十九神……聞いた事があるぞ。なんでも長い間、道具や物に愛着を込めて接していると神様が宿るって話だっけ。

 にしても何でその神様がこんな古木なんかに閉じ込められてたんだ?


「実はの、少しばかり悪さをしでかしてな……この神社の一族である妖封宮司ようふうぐうじの衆により、この木へと封じられたのじゃ」

「げげっ! じゃ、じゃあ俺って何かヤバイ系の神様を呼び起こしちまった? もしかしてレッツエンジョイ世界の破滅! 的な邪神様を降臨させちまったのか!」


 俺の怯える姿を見て、花鶏は小さくクスリと笑い首を振った。


「心配は要らぬ。封じられたのも半分は自らの意思じゃ。浮世の物事に少々嫌気がさしてのぅ……望んで封じられた訳じゃ。その際に、関わりを持ったお主の先祖と契りを交わしたのよ。いつの世かまた解き放してくれと」

「お、俺のご先祖様ってそんな力を持った人だったのか? そういえばさっき俺の素性がどうとか言ってたよな。で、もしかして俺もその血を受け継いでいると?」

「そうじゃ。であるから今わしがここにおる。開封行士など、もともとおってはならぬ隠行の者。悪しき考えを持つ者にとって、その血は格好の悪行物であるからの。故にきっとお主の先祖がどこかで身を変え、世に溶け込み、その身分を消し去ったのであろう。だが、血とは隠し遂せぬ物よ。訳知らぬ上でもこうして立派に開封の業を成したのじゃからな」


 す、すごい! やっぱ俺は青春の猛りが無駄に溜まっていた訳じゃなかったんだ! 塗料や薄め液から漂うシンナー臭のあまり、脳がくるくるヒャッハーになってた訳じゃなかったんだ! 誰も知らない不思議な能力が俺に備わっていただなんて……ああ、今すぐ誰かに話したい! そして自慢したい! 親父に電話するか? それともコータん家に行って「俺が言った通りだろ、どうだまいったか!」と説教たれてやるか。それとも――


「そこにいるのは誰! 龍? 龍でしょ?」


 と、またもや脳内会議炸裂中の俺を呼ぶ、聞き慣れた声がする。この女の子特有のかわいさと、ちょっとぶっきらぼう的な印象を持つ声。そう、佐奈だ! 


最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!


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