第四章 第四話
「おう、なかなかの絶景よ。空を飛ぶとは思いのほか乙なものじゃな」
なんだか余裕とも感じる一言を、誰に言うとも無く口にしている。それはついさっきまでの、右腕と左足を失って苦悶の表情を浮かべていた者とは思えない口ぶりだ。きっと手も足も、苦痛から開放されていると言う事なんだろう。
「すまんな、龍一よ。基本の身体は今の一撃で粉砕されてしもうた」
「それはいい、花鶏! まずは俺の心を読め。そしてルナ・インパルスの使う魔法を自分のモノにしろ!」
「うむ。事態が事態故、既に読んでおる。が、些か詠唱が長いのう」
確かに、劇中彼女達が魔法を放つ際、つらつらと詠唱を唱えるシーンがある。それこそがかの作品の醍醐味ではあるのだが――むざむざ花鶏に詠唱を完了をさせるほど、敵は気前良くないだろう。
「無詠唱でも放てるものがある! まずはそいつで――」
「詠唱ではなく念仏を唱えるがいい!」
あやかしの右腕が、ルナ花鶏へと伸びた。その手にはさっきの蒼い炎が揺らめいていやがる……アレを食らうと大ダメージだ!
「避けろ、花鶏!」
「暇はない! 火炎の槍!」
ルナ花鶏が初歩魔法の応用技、火炎の槍を放った。そいつは一本の太い炎の槍を思わせる攻撃呪文だ。初歩の魔法『火炎の矢』をいくつも束ねて一つにした分、その威力はなかなかに侮れないはずだ。
「握りつぶしてやる!」
あやかしの腕が真っ向勝負をかけてきた! そして爆音と共にぶつかり合う紅い炎と蒼い炎。交じり合い、飛散する赤と青の火の粉達が、彷魔が刻の境内を仄かに照らしている。
「く、くそう!」
引き戻されるあやかしの腕。それはルナ花鶏の放ったファイアスピアが、あやかしの技を撥ね退けた証だ。
「まだ勝ったと思うな!」
しかしあやかしの檸檬の意気は衰えなかった。いや、増したと言っていいだろう。
「受けてみろ! 何者を寄せ付けぬ高貴の壁波――賢者剛壁波ッ!」
両腕を上空へと向けたあやかしが叫ぶ。そいつは蜜柑を弾き飛ばした衝撃波だ! さっきとは違い、今度は両掌からの技の射出。そのためか、まるで空間が歪んでいるかのように、攻撃自体がありありと可視化できる程、強力さを増しているようだ。
「火炎の槍!」
ルナ花鶏も受けて立つ。再び空中で互いの技が合間見えた。しかしながら、今度はあやかしの攻撃に軍配が上がった! 花火のように砕け散り、衝撃波の進行を許してしまうファイアスピア。だが花鶏も分の悪さを察していたのか、魔法を放った後に素早く回避行動に移っていた。
「危うい所よ」
それでも、マントの一部を切り裂かれると言う状況に、敵の攻撃の底深さを感じずにはいられなかった。
「すまぬな、龍一。衣装を損ねた」
「んなモン気にしてる場合か! 続けてくるぞ」
俺の言葉通り、あやかしが二射目、三射目を放つ。直線的な攻撃をかわすのは易かった……が、四射目はそうは行かなかった! 一度はかわしたと思っていた攻撃だったが――
「あぶない、花鶏! 戻ってきたぞ!」
「くぅ!」
ご丁寧に追尾する攻撃も打てるらしい。俺の一声がなければ、今ので花鶏は致命傷を負わされていたかもしれなかった。
「下賎な弱者を死まで追いやる賢者の覇気。これからが本領発揮よ。行け、更なる剛壁達!」
二発三発と、追尾式の衝撃波を放つあやかしの檸檬。右へ左へと翻弄される花鶏は、逃げるので手一杯と言う状況だ!
「九十九のやつ、何しているんだ? 逃げ回ってばかりじゃないか!」
佐渡先生がたまらず声を上げた。
「無茶ですよ先生! こんな状況じゃ、逃げ回るので精一杯――」
「そうか? 手一杯の者が、逃げながらなにやらぶつぶつと独り言を言う余裕があるとも思えんが?」
言われて耳を澄ましてみる。よく聞いてみると、花鶏は確かに何か言っているようだ。
「――よ、輝き光る紅き焔よ、我が御名において集い魔炎となれ!」
聞こえた! 確かアレは……そう、一般精霊魔法の最上級技・剛火球だ! そして詠唱を唱え終えたルナ花鶏が、逃げの体制から一転。空中で止まり身構えた!
同時に三方から襲い掛かる衝撃波が、空中停止した花鶏を襲う。しかしそれこそが花鶏の狙いだったようだ。
「食らうがよい! 剛火球!」
三つの衝撃波が重なる一点から素早く身をかわした花鶏が、お返しとばかりの巨大な火の玉を放つ。さっき放ったファイアスピアよりももっと強力で、もっと派手な爆発が、落雷のような爆音と共に境内を、更には錠前神社の敷地内までをも紅に染めた。
「どわっ!」
「きゃあっ!」
熱風と衝撃波が襲い来る。遥か上空での爆発にもかかわらず、その衝撃は先生の車さえをも揺り動かし、フロントガラスに亀裂を走らせる程、凄まじいものだった。
「あわわ! 私の車がぁ! まだローンが残ってるのに! ええい九十九、車の恨みだ。そのバケモノへ百倍にして返してやってくれ!」
「先生、ものすごい八つ当たりだな……でもまぁ、その通りだ! 花鶏、お前の受けた苦しみを百倍にして返してやれ」
「承知した。蜜柑、すまぬがもう一働きしてはもらえぬか?」
「わふん! まかせるわん」
小さなインターバルで少し気力を回復した蜜柑が、またあやかしの檸檬と対峙し、挑発を繰り返してあやかしの注意を引く。
「小賢しい犬め、ちょろちょろと!」
その間、ルナ花鶏がなにやら長い詠唱へと神経を集中させ始めたのだった。
「黄金よりも輝きしもの、溶岩よりも滾りしもの、遥か過去に眠りし、偉大なるその名において――」
「あ、あの呪文は! 竜殺斬!」
劇中、ルナ・インパルスがさまざまな敵を葬る際の必殺技に用いた大技中の大技! その破壊力は半径数キロに及ぶ大爆発を巻き起こす、最強クラスの魔法を放つ呪文だ! こいつを食らったら流石のももいろあやかしもひとたまりもないだろう。
……うん、ひとたまりもない筈だ、なにせ半径数キロは爆発で消失するであろう、超必殺魔法なんだから……ひとたまりもない……ひとたまりも……
ちょ、ちょっと待て! そんなモン撃ったら俺達までひとたまりもないじゃないか! つか御翔市が壊滅しちまう!
「花鶏ストップ! ストーップ!!」
「――ん、なんじゃ、邪魔をするな」
「その魔法は使っちゃダメだー!」
俺の慌てぶりを見て、言葉より早いとばかり、花鶏は俺の心を読んで事情を把握する。
「なるほど、数里四方が木っ端微塵か……高い威力にばかり気を取られていたが、こいつは物騒な呪文じゃな。致し方なし、ならば先程の爆発魔法で――」
「いや、そいつもまずい! なんせさっきのバーストファイアは空中であの威力だ。地上であんな爆発起こしたら、この辺一体が焼け野原になり、御神木はおろか、錠前神社や佐奈ん家にまで被害が及んじまう!」
「それにさっきの爆発音。一度ならいざ知らず、数度となれば流石に周囲の民家が騒ぎ出すぞ。九十九、もっと他にいい魔法はないのか?」
「うむ、この魔導士の術は三つしかないようじゃ。龍一の記憶には、戦いに使える魔法はこれだけしかなかったでな」
……しまった! 花鶏に言われて気が付いた。実はアニメ自体が十年も前のこの作品、俺の記憶ではその三つが印象に残っているくらいで、しかも全シリーズは見終えていないんだ!
なにせテレビシリーズだけでも五期分、そしてOVAが二作品に劇場板が三作品と、その数量だけでも膨大な量の物語なんだよな。
現代っ子の俺としては、残念ながら古いシリーズまでは目を通しきっていないんだよ。
「す、すまん花鶏! 俺はこの作品に対して、あまり深い知識がないんだ」
「なんじゃと? それでお主の記憶も空ろ気味なのか。やれやれ、一難去ってまた一難か……肝心なところで使い物にならぬ奴よ」
無茶言うなよ。だって俺が作ったフィギュアではないんだから、予備知識もそれだけあれば十分なレベルだぞ。
「くそ! 結局何の解決にもならなかったのか」
無念の臍を噛む。――が! まったく意外な所から、一縷の僥倖がもたらされたのだった。
「いえ……あるわ」
佐奈だ! へたり込んでいた身体をもたげ、花鶏へと告げる。
「それは神でさえも切り裂く必殺の剣。神威刀――ラグナロク・ブレイドよ!」
そいつは俺が始めて耳にする呪文名だった。
「いい、花鶏……詠唱はこう。『災厄の王の一片よ、天界の戒めより解き放たれし、黒き裁断の刃よ。我が爪我が牙となりて共に覇道仇なす魂を打ち砕かん』どう、覚えた?」
「うむ、問題ない」
そう一言の後、花鶏は地上へと降り立ち、詠唱のためのトランス状態へと入った。
「災厄の王の一片よ、天界の戒めより解き放たれし、黒き裁断の刃よ」
漆黒の禍々しい煙が、ルナ花鶏の両腕周辺に渦を巻く。そして小さな雷がその煙のうねりの中を走り、やがて稲妻状の一本の大きな刀身へと、その身を整えていった。
「我が爪我が牙となりて共に覇道仇なす魂を打ち砕かん」
まるでデュライダーホロウのホロウ・スリーピーが扱う武器、漆黒のデスサイズのようでもあるが、決定的に違うのは、この魔法の剣の方がはるかに邪悪的な忌まわしさを放っているという点だ。
「これは何という……魔力の消費量よ」
「それは断罪の魔王の力を借りた魔法なの! 花鶏、早々に決着をつけて!」
「言われるまでもない」
そう叫ぶが早いか、地面を脱兎の如くに駆ける花鶏。その目標はもちろん、蜜柑の挑発によって足止めを強いていたももいろあやかし!
「蜜柑、ようやったぞ。下がれ!」
「わふん!」
蜜柑とルナ花鶏が入れ替わる!
「おのれッ!」
畏怖の気迫を感じ取った檸檬が、咄嗟に特大の衝撃波を放った。が――
「無駄ァ!」
斜めに走った一閃が、衝撃波を二分した。そして!
「逝ねい、物の怪よ!」
軽やかなジャンプから、落下を利用しての振り下ろし! ももいろあやかしの身体に、見事なまでに一本縦の亀裂が入った!
「こ、この私が……バカなああああ!!」
亀裂から沸き立つ邪意漂う煙と、次第に薄れるももいろあやかしの檸檬の姿。上空へと昇り行くそれは、一度人の形を成し、まるで彼女の断末魔のような咆哮を発したのち四方へと霧散して行き、二度と何かを形取る事はなかった。
これは紛れもなく、花鶏の……いや、俺達の勝利だ!
「やったわね、花鶏!」
「ああ、よくやったな九十九」
「わうん、ご主人さまぁ、あちしもほめて」
皆の祝福に無言の笑みで答えるルナ花鶏。そして両手から迸る黒い稲妻のような刀身を収め、俺の憂惧を察するように言った。
「心配するな、お主と佐奈の愛情はまだ使い切れぬほどある」
「そ、そうか……よかった」
ふと、無意識に笑顔がこぼれた。だけど言った本人である花鶏は、どことなく憂いを秘めているような、はっきりとしない表情だ。
「どうした? 何かまだ引っかかる事でも?」
「ん? あ、いや……なんでもない」
俺の言葉に、花鶏は少し無理な笑顔を作っている気がするけれど、それ以上の詮索はしなかった。今はももいろあやかしを倒せたと言う喜び、それだけで十分だもんな。
「どうやら片付いたようだな、九十九。なら私はそこの穂端を連れて、一足先に帰るとしよう。なに大丈夫だ、向こうの親御さんには上手く言っておいてやる」
おっといけない、地面に倒れたままの穂端さんを忘れていた。
「だ、大丈夫かな? 穂端さん」
「心配要らん、ただ気絶しているだけだ。きっと目を覚ましても、今までの事は忘れているだろう。だからお前達も忘れろ、いいな?」
それは多分、先生なりの配慮なのだろう。もし穂端さんが目覚めて、あやかしに乗っ取られていた記憶があったとしても、「誰も覚えていないから忘れてしまえ」と心のケアを施してくれるはずだ。
やっぱどんなに変態でも、佐渡先生は立派な保険の先生なんだな。
「と言う訳だ、鍵野。これは貸しだからな? 後日三倍返しで返してもらうからそのつもりで」
「な、何を返すんですか!」
「フフフ、教師と言う立場上いろいろと口には出来ないような事だ。楽しみに待っておけよ」
一瞬でも先生に尊敬の念を抱いた俺がバカだった。
「では行くぞ、蜜柑」
「わんわんお!」
人形態へと戻った蜜柑が、穂端さんを抱えて先生の車に乗り込む。そして無言の挨拶を俺達へと送ると、先生は車を反し去っていった。
……超安全運転で。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!
次回で最後でございます。
どうかラストまでお付き合いの程、よろしくお願い申し上げます




