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第一章 第一話 

 神社の敷地内を染める赤紫のつつじの花達が、色鮮やかに咲き乱れる五月初旬の夕刻。


 例の奇妙な夢を見るようになって、既に半月が過ぎた。未だ夢には残念な胸の谷間を誇る全裸少女が、毎夜毎夜と何かしらの訴えをよこしている。そんな素敵要素溢れる悪夢に、本日今から終止符を打つ! という心意気の元、俺は一人緊張と不安と興奮に包まれながら、我が家の斜向かいにある錠前神社の神門前に立っている。

 このままあの露出狂少女の夢を見続けるというのもオツなのもだが、正直飽き……いやいや、俺を頼り、夢にまで現れて何かしら嘆願してくれているんだ。出来うる限りの事はしてやろうじゃないか。


 という事で、先日買った温宮ハルナ(バニーガール仕様)にちょいと魔改造を施す事で、短期間で夢に出てくる全裸少女の七分の一スケールフィギュアを仕上げる事に成功し、本日完成を見るに至ったのだ。

 ハルナと夢の中の少女はボディーラインや顔立ちがよく似ていて、手を加える過程が少なかったのが幸いした。主な改造箇所を大雑把に言ってしまえば、ミディアムボブだったハルナの髪型をポリパテを使ってストレートロングへと修正し、その体にまとっているバニーガールの衣装と素肌の境界を、サンドペーパーなどを用いて消し去る事ですっぽんぽん状態へと変化させるという、ごく初歩的な処置を行うだけというくらいだろう。もし一からフィギュア製作を行ったとしたら、きっと数ヶ月を要したはずだ。そんなに何ヶ月も同じ夢を見続けたら流石に本物の精神がやばい人になり、某所に収監され『カラスの子』を熱唱するところだったに違いない。

 そうそう、重要な変更箇所を忘れていた。そいつはベースとなるハルナの、高校生の割に結構豊満なおっぱいをヤスリで削り、断腸の思いで泣く泣く『ちっぱい』にランクダウンさせたと言う改造だ。おっぱいマイスターの称号を持つ俺としては、さらにパテを盛り『でっぱい』へと昇華させたいところだったが、『フィギュア製作において、オリジナルを尊重した作品製作!』というこの一貫した信念が、ボディー製作に関して趣味と欲望を重視せず、あくまでリアルで、夢で見たままの彼女の製作と言う決断を下したんだ。


 コイツが俺なりの拘り、そしてフィギュアへの愛な訳さ。


 無論その信念の下、夢の中のまっぱ少女に見せてもらった女体の神秘な世界をも、忠実に再現しているのは言うまでも無い。だが諸々の事情により、世間の皆様にお見せできないのが実に残念だ。

 当然の事ながら、家から出る時はそいつを新聞紙で優しく包み、人目につかないようにという配慮も怠ってないぞ。こんな俺にも、理性や羞恥心なる人間的な感情は、少々ではあるが残っているからね。斯様なフィギュアを知人やご近所の皆様に見られた日にゃあ、今以上の変態レッテルを貼られる事間違いなしだ。

 それならまだいいさ――いや良くないが――下手をすると手が後ろに回って、明日の朝刊に少年Aという芸名でデビューする羽目になってしまいかねない。


『いやぁー、いつかはやるんじゃないかって思ってましたよー。ええ、以前から兆候はありましたからねー』


 などとモザイク処理と音声を甲高く変えられた「少年A《俺》」の友人を名乗るコータが、ワイドショーのインタビューで嬉々として語る姿が想像できるよ。

 おっと、そんな誰に言うでもない全裸美少女フィギュアの制作秘話を脳内語りしている暇は無いぞ。ぼやぼやしてたらこの神社最大の障壁、いや、今の俺にとって最悪の強敵となるであろう『彼女』に見つかってしまう。そうなると少々やっかいだ、この境内に足を踏み入れる事すら難しくなってしまうからな。

 とにかく誰にも見つからないうちに、さっさと御神木にこのフィギュアをお供えしてとっとと帰宅し、また新たなフィギュア製作に――


「龍? 何してんのそんなトコで?」

「うひゃあぁぁ!!」


 背後から聞こえた聞き覚えのある声に、心の臓が大ハッスルした!


「げ! さ、佐奈さな! あ、いや……今、帰りか?」


 そこには通学鞄を肩にかけた下校途中と思しき知人の姿があった。紺色のブレザーにチェック柄のプリーツスカートという、俺達の通う御翔高校の制服を着た女の子が、夕日を背負って立っていたんだ。今最も出合ってはいけない奴との鉢合せだ! ちょっとナイスタイミング過ぎますよ神様。


「げ! じゃないわよ人ん家の前で! 私が生徒会役員になったの知ってるでしょ? これでもいろいろと忙しくってさ、最近はいつも遅いのよ。で、何? うちの誰かに用事? それともまた晩ご飯たかりに来たの?」


 つっけんどんなモノの言い方をする、目の前の女の子。生まれたときから顔馴染みの、俺と同じ一年C組である錠前佐奈じょうまえさなだ。

 神社の敷地内に居を構える錠前家は、我が鍵野家と昔から代々親交があり、それはもう家族のような関係だ。実のところ、親父から生活費に使えと渡された金をフィギュア購入代金に使い込む日々を送りだしてこのかたというもの、錠前家は俺の大切なライフラインでもあるのだ。

 そんな訳で、小学校を卒業するまではよく一緒に遊んだ仲でもある錠前佐奈。互いにちょっとだけ、幼いながらの恋愛感情に似たモノを抱いた事もあったのだが……今はただ、俺の目的への障害にすぎない。

 さて、この人生最大のピンチである強敵佐奈の目をかいくぐり、御神木へと辿り着く方法はどうすれば――。


「その新聞紙……何包んでるの? 判った、どうせまたアニメの人形でしょ? まったくこの変態オタ人間が!」


 しまった! おろおろしているうちに子猫の様な大きく円らな瞳が、目敏く俺の持っていたすっぽんぽんフィギュアを包んだ新聞紙を視界に納めやがった。


「こ、これは俺んじゃないんだ! ちょ、ちょ、ちょっと人に頼まれて持ってるだけだよ! け、け、け、決して怪しいフィギュアなんかじゃないぞ!」


 咄嗟の言い訳が口を突いて出た。一応間違ってないよな? 夢の中の人からの頼まれ物だし。


「ふぅん、頼まれ物ね……」

「そ、そう……コータのやつに頼まれてたムキムキマッチョな兄貴のフィギュアなんだ……あいつそういう趣味あるから」


 と、持っていたフィギュアを後ろ手に隠しながらとっさの嘘を付く。こんな精巧な女性の人体模型をこいつに見られたら、二度と錠前家の敷居はまたがせてくれないだろうからね。そうなると俺のライフラインはズタズタになり、もう生きていけなくなるんだ! という訳だコータ、俺のために犠牲になってくれ。


「何? 隠すところを見ると、どうせ余程変態チックな人形なんでしょう?」

「ぐぬぬ、何故バレ……い、いや、なんでもない」

「言っとくけど、そんな薄汚れた煩悩の塊の具現物を、この神聖な境内に持ち込まないでよね? 殺すわよ」


 そら来た、早速の先制パンチだ。さてこのピンチ、どう切り抜けようか? 強引に押し切るか? いやいや、運動神経抜群の佐奈の事だ。瞬時に追いつかれて進路を断たれてしまう。なら力技でいくか? 馬鹿言うな! 小さい頃から喧嘩早く腕っ節も強い佐奈に歯向かって、一度でも勝てた事があるか? 自慢じゃないがパーフェクトなまでにフルボッコ完封されているんだぞ。やはりここは一旦引いて再度アタックを挑んだ方がよさそうだな。


「とにかく、用事が無いんならあっち行って。うちがオタク神社だと思われちゃうじゃない」


 赤いリボンで結んだ長めのサイドテールを揺らしながら、佐奈はやれやれと頭を振りつつ吐き捨てた。


「ひ、酷い! あんまりだ! それでも人間か! お前の血は何味だ!」

「酷かないわよ。大体迷惑してんのはこっちなんだからね! 幼馴染だからって、周囲からあんたみたいな変態人間と仲が良いんじゃないかって誤解されてるんだから!」


 兄妹同然の幼馴染にこの酷い仕打ち! 虫けらを……いや、性犯罪者を見るような憎悪に満ちた目! そう、まるで世紀末覇者の人が、いけしゃあしゃあと無抵抗主義を唱えるおっさんを見るような目だ!


「か、仮にも幼い頃からずっと一緒だった者に対して、そこまで酷く言う事無いじゃないか! 昔は結構仲も良かったし、誕生日にプレゼントの交換とかもやったのに!」

「あーもう、うっさいわね! 私にとっては忘れたい過去なのよ」

「ひどい! お前からもらったケータイ用ストラップフィギュアは、ルナ・インパルスのフィギュアは今でも大切な宝物なのに! どんなに色が剥がれてぼろぼろになっても、まだケータイに付けてるのに!」


 俺はポケットから携帯電話を取り出し、ストラップとして付けているかなり年季の入った人形を、ドンッ! と佐奈に突きつけ言ってやった。そいつはアニメ『スカイヤーズ!』の番組のタイトルロゴ入りバンドでしっかりと結ばれている、所々色褪せたマント姿の美少女魔導士『ルナ・インパルス』の人形だ。


「や、やだ、まだそれ大事にしてくれて……じゃなくって、まだそんなの後生大事に持ってたわけ? いい加減捨てれば良いのに!」

「な、なんだとう! 俺は傷ついちまった! ガラスのハートが粉々に砕けちまった! ちくしょう! ちくしょ~!!」

 心に深い傷を負った俺は、この場を離れるしかなかった。そう、佐奈の居ないどこか遠く、悲しみの地平線へと、ただ一目散に走るしかなかったんだ。

「ちょ、ちょっとあんた待ちなさいよ! どこ行くの!? そっちは立ち入り禁止の御神木への参道よ!」


 と傷心を思わせる芝居を打って、俺は華麗に佐奈をスルーし、御神木へのルートを切り開く事に成功した。

 フフフ……我ながら中々の策士だ。ちょっとマジヘコミしたけどね。


最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!



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