第四章 第三話
「冗談……でしょ?」
「ううん、わりと本気」
ふるふると首を振り、真剣さをアピール。けど穂端さんはやっぱ冗談だと思ってるみたいだ。
「いい加減にしてください! 私は本気なんですよ?」
「だーかーらー冗談じゃないって――」
そんなバカみたいな口論の間を割って、花鶏の笑い声が響く。
「くっくっく。さすがのあやかしも、龍一のアホさ加減までは読みきれなんだか」
「何?」
「そやつは正真正銘、モノに恋焦がれる変人じゃ」
流石に他人からそんな紹介のされ方をするとかなりムっとするなぁ。でも本当のところ、「今の言葉は俺の本心だ!」
とは言い切れないような……そんな気がするのは何故だろう?
「まぁそう言う事じゃ。世界制服ゴッコはお主一人でやるがよいわ」
「う、うるさい黙れ! この厄病神!」
そう叫んで、穂端さんがまた蒼い炎を右手から出し、今度は花鶏の左足をむんずと掴んだ。
「う、うあああああ!!」
炎が花鶏の左足を這い回り、右手の時のように元の素材へと変えてしまった!
「あ、あとりィッ!」
「黙っていれば右腕だけで済んだものを」
マネキン人形のように動かなくなった左足を引きづり距離をとる花鶏。そんな彼女へと、あやかしは右足でそれを踏み
つけ砕くという容赦の無い追い討ちをかけた!
「うぐああああああああ!!」
それは直視できないほどの凄惨な光景だった。まるで憎しみを込めたように一頻り踏み続けた後、あやかしである穂端さんは俺へと視線を移す。もうそこには、さっきまでの優しい微笑みは無い。あるのはただ、慈悲心を無くした冷徹な殺戮の目と、嘲笑する口元のみ。
「バカな男。嘘でも首を縦に振っていれば、楽しい夢が見れたのにね」
「仕方ないよ。物の怪となった君に告白されても、嬉しくないし」
「なぜなの? 何故みんな私の言う事を聞かないの? 有能なこの私の指示に従えば、全てが上手く行くと言うのに!」
「フン、インテリ野郎にありがちな自己中な思い込みだな。そんな生徒はたくさん見てきたが、その行き着く先は大抵がお前のようにヒステリーを起こして騒ぎ立てるしかないようだな」
佐渡先生が、哀れみの目で穂端産を見つめ言った。
「せ、先生……まともな事も言えるんですね」
「うぐっ……鍵野、これが済んだら性別を忘れるくらいのお仕置きをしてやるからな」
「ご、ごめんなさい。冗談です」
この騒動が終わって無事だったら、今後は余計な事を言わない努力をしよう。
「な、何を偉そうに言うんですか先生! 私はそんな安っぽい知識をひけらかす、独善的な輩じゃありません!」
なんだか痛いところ見抜かれたと言う思いを、必死で隠しているような口ぶりだ。
「ただ……ただ、鍵野くんの命を奪わず、私の覇業をなさしめるには、あなたの協力が必要なのです! 言ってくれたじゃありませんか? 鍵野くんは私の所有物である、と」
「もちろん言ったさ。でもね、心まで君に捧げたつもりはないよ!」
俺の一言に、穂端さんが愕然とし、項垂れた。
「そう……ですか。そこまでして死にたいのなら、本懐を遂げさせてあげる!」
死が迫った。今まで佐奈に何度か視線を彷徨わされた事はあった。けれど、そんなものはお遊びだとか冗談だとかの域を出ないものだったんだ。でも今、俺に迫っているコイツは違う! 掛け値無し、マジものの『死』。今度こそ、今度こそもう駄目かも!
「がっ! う……な、何!」
俺の命まであと少しと言う所で、あやかしの動きが止まった! なんだか苦しみもがいている様子だ。
「な、何故! お前まで私の言う事を聞かないと言うの?」
それは内なる何かと争っているかのような様子だった。もしかすると、『彼女』があやかしの動きを止めているのかもしれない。
「穂端さん! 君の心は乗っ取られていなかったんだね! 今表面に出ているのは、君を装ったももいろあやかしなんだね?」
「う、うるさい黙れ! 私が本当の穂端くえ……ん……ぐあぁッ!」
あやかしが胸を掻き毟りながらもだえ苦しむ。それは間違いなく、穂端さんの純潔な心が、あやかしの邪な心を制している証拠だ!
「ぐぬぅ……くそうっ! 『おまえ』の願いを叶えてやろうとしているのに! 私を拒絶するのか? 願望を否定するのか!」
怒りの形相で自問自答する様は、明らかに穂端さんが身体の内で戦っている様子だった。
「お、おのれ欲の無い小娘め! どうやらお前を選んだ私に落ち度があったようだ、そこは認めよう。ならばこの身体より出でて、そこの女に移るまでよ」
突然、穂端さんが気を失ったようにはたりと地面へ崩れ落ちる。そして身体からねっとりとした蒸気のようなものが漂い溢れた。見覚えがあるぞ、そいつは初めて御神木から現れた時のももいろあやかしそのものだ。
「その女は欲望が多そうだ。初めからそちらに憑いておればよかったわ」
穂端さんから抜け切ったあやかしの幽鬼体が一言吐きつつ、佐渡先生へと近づく。今度は先生が操られてしまうのか!
「そうはさせないわん!」
突如として巨大な黒い塊が、漂い進むあやかしを襲った。それは言わずもがな、魔犬と化した蜜柑だ!
「蜜柑っ!」
「蜜柑、お前まだ傷が癒えていないだろうに!」
「わふん、このくらいの傷ならご主人さまになでなでしてもらって治ったわん」
明らかに強がりと判る。が、今はこいつだけが頼りなんだ。がんばってくれ、大犬蜜柑!
「がるるるる! ご主人さまには指一本触れさせないわん」
「同族と思えばこそ、手加減してやったものを。ならば仕方がない、まず貴様を黄泉の魔郷へと送り返してやるわ」
青白い霊体のあやかしがその密度を増し、あれよと言う間にうら若い少女の体を成した。
闇と見紛う漆黒色のスーツにタイトスカート、そして赤いインテリメガネ。長く色鮮やかなブルネットの髪をシニヨンで束ね、前髪を少々の風ではビクともしない気合のこもったナナメ流しでキメているあたり、先生が言った通り秘書官やら弁護士と言った鉄壁のインテリさんを髣髴とさせる風貌だ。
こいつが正真正銘最後のももいろあやかし『鋼鉄の委員長の檸檬』の正体なのか、まさにデキル女といった感じだ。
だが一つ、大きな欠点がある。それは、きっとふくよかであろう胸の辺りがスーツの拘束によって抑圧され、その自由が奪われているという点だ! これではハイスピードで展開するであろう蜜柑との格闘に、なんら楽しみがなくなってしまうじゃないか!
でかい犬と胸揺れがない衣装の女の子。そんな一部のマニアだけが喜びそうなこの戦いの、一体どこを重視して見ていけばいいんだ?
思わず「おいあやかし! 胸の第二ボタンまで外して戦うくらいのサービス精神を持てよ!」そう喉元まで出掛かった――その時だった。
『プルルルルル、プルルルルル』
またしても急に、俺の携帯電話が鳴り響いた。
「うわっと。だ、誰だこんな時に!」
ふと画面を見ると、そこには『コータ』の文字。
「あーもう、このクソ忙しいときに――もしもし!」
『あー龍一かぁ? 聞いてくれよ、俺のバラ色の人生を返り咲かせるいい方法が見つかったんだ。どこか遠くの学校へ転校――』
「す、すまないコータ! 今すごく込み入ってるんだ、生きてたら後で掛けなおす!」
「フフフ、暢気なものね。友達に最後の挨拶は済んだ? この犬を始末したら次はキサマだから、いい子で待ってなさい」
そう言われて、改めて気が付く。いくらキャリアウーマン風のカッコイイコスプレした女の子だからといって、こいつはももいろあやかし。俺の命を狙う物の怪なんだ。
おまけにそんな魔物が俺の血を得て、普段の数倍のパワーアップを果たしたって言う状況なんだ。しかも佐奈も花鶏も、今こいつと対峙している蜜柑だって、もはや適わない相手ときている。それでも、それでも何か一つでも対抗策はないのだろうか?
唯一可能性があるとすれば、ダッシュで家に帰り、あやかしと戦えそうなフィギュアを持ってくることくらいだろう。
が、そんな事しようものなら、きっと真っ先に俺が殺されてしまうよな。かと言って、このまま座して死を待つのか? 冗談じゃないぞ、何か考えろ俺!
「ちくしょう、いい手段はないのか!」
手にした携帯電話で何か出来ないかと模索する。そうだ、佐奈のじいちゃんに電話して助けを待つってのはどうだ? いや待てよ、確か今日は温泉治療に出かけているはず……帰るのは明日になるって言ってたっけ。あとは警察に……駄目だ、何て言うんだよ? イタ電と思われ電話を切られるのがオチだ。
「くそ、万事休すか」
そう呟き、何気なく携帯電話を見つめる。いや待て! ある、あった!
「あ、あったぞ花鶏!」
「くっ……な、何じゃ?」
「俺達が助かる可能性だよ!」
「「何?」」
そう驚き返したのは花鶏だけじゃない。ももいろあやかしの檸檬も、その俺の言葉に反応を見せたのだ。
「ほう、面白いわ。でもね、小さな可能性でも、その根まで潰さなきゃ安心できないの。まずはキサマの喉を潰して喋れなくしてあげるわ!」
そう叫んだ矢先、あやかしの腕がまるで蛇のように長く伸び、俺の喉笛を引き裂かんと迫る!
「だからオマエの相手はこのあちしだって言ってるわんっ!」
それを阻止するべく、大蛇のようにうねる腕へと蜜柑が食らい付く。
「な、なんだと! このバカ犬が、放さないか!」
「ぐるる、いひどはんだははなしゃなひわん!」
蜜柑のナイスなインターセプトにより、あやかしの気が俺から逸れる。今がチャンスだ!
「花鶏、苦しいだろうが憑依は出来るか?」
「ふん、これくらい……うくっ……ど、どうと言う事はない」
どうと言う事ない事ないくらい、見りゃわかるさ。でも、今はそんな状況でもがんばってもらわなきゃいけないんだ。ここは一つ心を鬼にして――。
「そ、そうか。ならこいつに――携帯ストラップフィギュアのルナ・インパルスに憑依してくれ!」
携帯電話ごと花鶏へと投げてよこす。それは俺が小学校の頃、佐奈に誕生日プレゼントとしてもらい、俺がフィギュアに目覚めるきっかけともなった、アニメ『スカイヤーズ!』の主人公、女魔導士のルナ・インパルス人形だ。
「な、なんじゃこれは?」
左手で掴んだ花鶏が、訝しげな眼差しでそれを見やる。見てくれも小さく、造形も不恰好で、その古さゆえにあちこち色も剥げ、もはや一見して何の人形かさえわからない状態だ。でも、でもだ。俺には自信がある!
「花鶏、憑依できない……か?」
しばらくそれを見つめる花鶏に、俺は不安の声をあげた。が、花鶏はふと優しさを湛えた笑みを見せ、俺に言った。
「うむ、すばらしい程の深き愛情よ。お主と、そして――佐奈。そう、二人の愛情が大海よりも満ち満ちておる……ありがたい、しばし借りるぞ?」
人形を口で咥え、「ブチリッ!」と紐を引きちぎる。改めて左手でルナ・インパルスのフィギュアを持ち、そして静かに唱えた。
「憑依具現」
眩い閃光が周囲を白の世界へと変える。大犬蜜柑を振り解こうと躍起になっていたももいろあやかしがその異変に気付き、はたと我に返ったように、輝きを見据える。
「しまった……お、おのれ! このクソ犬共々あの世へ行け!」
蜜柑が噛み付いたままの伸びきった腕を、まるでムチのようにしならせ、発光体と化した花鶏へと振り降ろす。
咄嗟に危険を察知した蜜柑が噛み付き攻撃を止め、口を離してしまう。
「犬め、逃げたか。がっ――!」
ムチのような腕は蜜柑の重量から開放され、加速度を上げる結果となってしまった!
「し、しまったわん!」
「お前だけでも死ぬがいい!」
真っ白な世界を切り裂くようなあやかしの腕が、花鶏の居た辺りへと強烈な音を立てて炸裂した。
光が消え去り、元の光景を描き出す。そこには衝撃によりえぐれた地面と、もうもうと舞う砂埃が漂うのみ。
花鶏は? ルナに憑依した姿花鶏の姿はおろか、元の基本体の姿までがないのはどう言う事だ?
まさか今の攻撃で、元の素材であるレジンキャストへと変えられ、飛散したのか!
いや違う。ももいろあやかしの表情は、手ごたえを感じなかったという焦りが見えている。と、言う事は――。
「くそう、上か!」
あやかしの檸檬が、薄闇に染まりつつある上空を見上げた。つられて見上げたその先に、マントをはためかせる一人の人影。
いた! アニメ『スカイヤーズ!』の主人公、空飛ぶ美少女魔導士ルナ・インパルスが、十メートルはあろうかと言う高さから、驚きと安堵の混じった笑顔で、眼下に広がる光景を見渡している。
どうやら花鶏は、間一髪上手く憑依出来たようだ!
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!




