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第四章 第二話



「龍一! 無事か?」


 ドリフトで横滑りしながら、境内中央で止まる先生の車。そこから飛び出した花鶏が開口一番俺を気遣う。


「あ、あはは……だめかも」


 力なく答えた瞬間、ももいろあやかしが俺の首筋から離れ、口元の鮮血を拭いながら満足げな笑みを湛えて言う。


「大丈夫、殺しはしません。けれど、しっかりと頂くものは頂きました――『開放者の血』をね」


 途端、禍々しい空気があやかしとなった穂端さんを包む。いや、溢れ出していると言った方がいいか。それは霊感ゼロ

の一般人である俺からしてもビシビシ感じられるものだった。


「開放者たる開封行士の血か! またやっかいなものを手に入れよったな。これは少々危険じゃぞ、お主ら心してかかれ


 振り返り、花鶏が危機を知らせる。が、車から降りた佐奈も佐渡先生も、荒い運転でへろへろとなり、地面へとへたり込んでいた。


「死ぬかと思った……もう絶対先生の運転する車には乗らないわ」

「し、仕方が無いだろ。お前達が急げと言うから」

「だからって境内まで車で走らなくてもいいじゃないですか!」

「う、うるさい! それはそうと蜜柑、蜜柑はどこだ?」

「ご、ご主人さまぁ……は、吐いてもいいですかぁ……」


 後部座席からボロボロになった蜜柑も降りてきた。えーっと、この人達は俺を助けに来たんだよな?


「不甲斐ないのぅ、もうちょっと気合を入れぬと本当に命を落としかねぬぞ」


 花鶏の叱咤が飛ぶ。流石に切迫した空気を察してか、佐奈が臨戦態勢へと意識を切り替えあやかしと対峙し――そして愕然とした。


「枸櫞ちゃん……ど、どうして?」

「ごめんね、佐奈ちゃん」


 申し訳なさそうに一言詫びる穂端さん。だけどその言葉の内には『邪魔するなら容赦しない』と言う敵意がありありと見えるようだ。


「にしてもじゃ、お主があやかしだったとはの。あの時、わしの髪を結っておった時の殺気、察するにあれはお主だったか」

「そう。苺が勝手な行動を起こす前にあなたを仕留めようかと思ったのですが……でもすぐに気付いてしまうんだもの。流石です、九十九さん」

「そうか、あの登場は小童の独断だったか。であるから、寸でのところで現れ、操られていた奴らを元に戻し邪魔をしのたか。なるほど、小童の心も揺らぐはずじゃな」

「あの子はわがままでダメな子なんです。私の計画を無視して独断専行を行い、しかも隔離結界にあなた達を閉じ込めると言う作戦にも失敗する始末ですから。姉の甜瓜も同様、おつむがゆるい姉妹を持つと大変ですよ」

「ふん、お主らの仲がいがみ合うてて良かったわ。三匹一度期なら流石に危なかった」

「そうですね、私も残念でした。でも結果オーライです。こうしてあなた達の実力を図り知る事も、『開封者の血』を得る事も出来たのですから――ねッ!」


 まるで「 ド ン ッ ! 」と言う効果音が聞こえるかのような瞬発力で大地を疾駆した穂端さんが、戦闘態勢前の花鶏を襲った! 右に左に至近距離から繰り出す穂端さんの鋭い爪を、間一髪でどうにか逃れる花鶏。だが、基本体の身体ではこれが限度だろう。それに比べてあやかしは余裕すら見せている。


「錠前家封技、闘の術型――双輝妖撃掌!」


 余裕故にがら空きとなった背後へと、佐奈の一撃が飛んだ。だが流石は物の怪だ、振り向く事すらせず佐奈の攻撃を察知し、二人から距離をとった。


「佐奈ちゃん、背後からとは卑怯じゃないですか。それに二人がかりなんて……私はか弱い女の子なんですよ?」


 そりゃ以前の穂端さんが言えばもっともらしいが、今の彼女からすればどの口が言うのか? と説教したくなる言い草だ。


「二人がかりじゃないぞ! やれ、蜜柑!」

「わおおおおんっ!」


 いつの間にか大犬となっていた蜜柑が、先生の号令一過疾風になって駆け、鋭い牙を武器に穂端さんへと襲い掛かった!


「くっ!」


 穂端さんが人の跳躍力をはるかに超えるジャンプで、蜜柑の一閃をかわす。しかしながら魔犬蜜柑のダッシュがほんの少し勝り、彼女のスカートを大きく裂いたのだった。


「な、なぜ?」

「フフン。九十九と錠前の実力は計れても、この蜜柑の実力は計れなかったようだな? あの日、九十九達と戦って以来、私と毎日秘密の特訓に明け暮れた蜜柑は、以前より実力を挙げているんだ!」

「そうだわん! あちしは以前のあちしと違うのだわん!」

「そ、そうだったのか! すごいよ蜜柑、佐渡先生!」


 二人の陰ながらの努力に、思わず感嘆の声が出た。でもそう言うのって、大体が文字通りかませ犬の常套句なんだよなぁ。


「蜜柑、同族である私を裏切るの? それに先生、あなたは関係無いはずです」


 敵意に満ちた妖気むき出しの穂端さんが蜜柑に問う。


「関係大アリだ! 私の隷属二号をたぶらかそうとしているんだからな」

「あ、あちしはご主人さまの命令しかきかないんだわん!」


 その言葉を行動で示すように、再び蜜柑が地面を蹴り立て、穂端さんへと攻撃を仕掛けた。が!


「わうんっ!?」

「ホント……使えない子ばっかりですね」


 身の丈以上もあるでっかい獣の突進の前に、まるで子犬でもあしらうかのような落ち着きを見せる。それもその筈だ、獣化した蜜柑の渾身のタックルを、いとも軽々と右の腕一本で止めてしまったのだから。


「うわぁ、やっぱりかませ犬だ」


 二人の陰ながらの努力の無駄っぷりに、思わず無念の声が出た。まぁなんとなく想像はついてたけどね。


「か、かませ犬じゃないわん!」


 それでも諦めずに闘志を燃やす蜜柑が、棍棒の様な前足で二の矢を放つ。しかし、


「さっきまでの私であれば、この一撃もあるいは致命傷になっていたかもしれません。が、もうあなたじゃ無理ですよ。私の力は開封者の血によって、私の力は既にあなたの想像をはるかに凌駕したものとなっているのですから」

「ぎゃいんっ!」


軽く左手で阻止され、さらに掌から繰り出された衝撃波のような攻撃により、その身を吹き飛ばされてしまった! 以前より一回りほども大きくなった魔犬状態の蜜柑ですら、まるで赤子も同然のあしらいを受けている。


「あ、あちしはかませ犬じゃないもんね。だって、ちゃんと役目は果たしたんだか……ら」

「ミ、蜜柑!」


 佐渡先生が獣化を解いた蜜柑へと駆け寄る。だがそれと同時に、穂端さんが異変に気付く声を上げた。


「な、何?」

「どうにもももいろあやかしという物の怪は、強さに自惚れ隙を作る癖があるようじゃな?」


 見ると、穂端さんを後ろから羽交い絞めにしている花鶏の姿。


「蜜柑よ、車中での打ち合わせ通り、ようやってくれたの」

「え、えへへ……あとは頼んだわん」


 どうやらここへ来る途中で、花鶏たちはなにやら策を講じてきた様子だ。


「今じゃ、佐奈! わしごとこやつを封じよ!」

「任せて、新技を見せてやるわ! 錠前家封技、闘の秘極式術型――滅炎鳳凰波!」


 佐奈が両腕を穂端さんへと伸ばし叫んだ。直後、掌から炎を生み出し、それは一羽の鳥を――そう、鳳凰の姿を形取った。


「真紅の皇鳥よ、およずれ達の魂を食らい尽くし、あるべき御世へと還元かえし――」

「佐奈ちゃん。私ね、あなたの弱点を知ってるの。例えば、こんなのはどう?」


 封印される事などまったく眼中に無いと言わんばかりの口ぶりだ。だが、その自信もさもありなんだろう。次の瞬間、羽交い絞めにしていた花鶏の右腕を掴んだ穂端さんの手から、蒼い炎が揺らめき立った。途端、花鶏の右腕がその炎に包まれ、静かに消え去る。いや、そうじゃない! 消えたんじゃなく、花鶏の腕へと侵食したんだ!


「うっ! くぅ! ああっ!」


 悶絶の表情を浮かべる花鶏。それもその筈だ、蒼色の炎が消え去った後、花鶏の右腕は次第に色を失っていき、やがてくすんだような乳白色となってしまった。


「あれは……花鶏の基本体の素材、無発泡ウレタン樹脂レジンキャストじゃないか!」


 そう。今の攻撃で花鶏の腕が、肉体から元の素材へと戻されてしまったんだ!


「あ、花鶏!」

「く、くぬぅ……不覚」

「ももいろあやかしの檸檬が持つ技の一つで、正体を暴く炎――還元蒼炎です。知ってるんですよ? あなたが元はプラスチック人形だと言う事を。ざんねんですね」


 ただのウレタン樹脂の塊となった花鶏の腕を、まるで飴か氷細工を砕くように、バキバキと音を立てて握り粉砕していく穂端さん。苦痛に嗚咽する花鶏を易々と振りほどき、その状況に絶句する佐奈へと目を向けた。


「ほら、あなたの弱点。精神的攻撃にまったくの無防備。所詮は高校生の女の子だものね」


 言われる通り呆然となり、技の効力を消失させてしまった佐奈。詠唱口上の途中、目の前の悲惨な光景に心を揺さぶられて集中力を逸するほど、精神的なダメージを追わされたんだ。

十六歳の女の子にとって、こいつは真っ当な結果だろう。現にちょっとはこう言った状況にも慣れてきたと自負していたつもりの俺でも、恐ろしさで声も出せないでいるくらいだ。

 普段は普通の生活をエンジョイしている女子高校生に、こんな命を掛けたり非情に徹するような戦いを強いる方が間違ってるさ。


「さあ、佐奈ちゃん。もうおとなしく降伏して……今ならあなたと鍵野くんを仲間にしてあげてもいいのよ?」

「ふ、ふざけないで!」


 佐奈が「キッ!」と穂端さんを見据え、叫んだ。


「ふざけてなんていないわ。私はクラス委員長、あなたは生徒会役員。共に内外で一年C組を盛り上げていこうね! って誓い合った仲じゃない」

「確かに小学校の頃から一番の友達だったわ。でもそれはももいろあやかしになったあなたではなく、穂端枸櫞ちゃんとの話よ!」

「そう、判ったわ。でも佐奈ちゃん、本当に私を攻撃できるのかしら?」

「ナメないでよね。私だって毎日龍を相手に、非情になる訓練を重ねてきたんだから!」

「お、お前が『ふざけないで』だ!」


 佐奈に付けられた俺の体中の傷達が一斉に声を荒げた。しかし、そんな外野の声をかるーく無視して、佐奈がまた臨戦態勢をとる。


「真紅の皇鳥よ、およずれ者の魂を食らい尽くし、あるべき御世へと還元し給え」


 もう一度、佐奈が炎の鳥を召還した。その瞳はまっすぐにブレる事無く、ただ穂端さんだけを見据えている。だが、あやかしである彼女は素直に戦おうとはしない。苦しみに耐えて蹲る花鶏の首根っこをむんずと掴むと、まるで盾にでもするかのように佐奈へと突き出し、非道な悪役の定番を吐いたのだった。


「さぁ、佐奈ちゃん。九十九さんと共に私も封印しなさい。でもね、言っておくわ。このまま彼女を封印すれば、腕の再生は行えないわよ? つまり今度新たに封印を解いて憑依させた場合、欠損した腕のまま憑依することになるでしょうね」


 流石に佐奈がたじろいだ! 当然だ。ここで封印してしまえばこの先ずっと右腕を失ったままだなんて、他人の痛みを我が事以上に考える性格の佐奈に、そんな事出来るわけが無い……だが!


「か、かまわぬ佐奈! こやつを右腕一本で封じれるとあれば安いもんじゃ!」

「ごめん、花鶏。一生面倒見てあげるから! 往け、炎の皇鳥よ。滅炎鳳凰波!」


 さまざまな覚悟を呑み、佐奈が技を撃った! 羽ばたく火の鳥は、さっき消えたやつよりもさらにデカく、小型の飛行機はあろうかと言う大きさだ。そいつはまさしく、佐奈の決心と怒りの具現化と言えるだろう。


「まったく、九十九さんが余計な事を言うから……仕方ないわ」


 まるで要らなくなったおもちゃを投げ捨てるように、穂端さんが花鶏をポイっと離し、迫り来る攻撃に身構えた。


「ナメないでね、佐奈ちゃん!」


 そして両の腕を前へとかざし、真正面から佐奈の繰り出した攻撃封印術を――受け止めた!


「いけ、皇鳥よ! 邪な魂を灰へと燃やし還せ!」

「こんなもの……うううううッ……でやあああああ!!」


 衝撃の波を放ちながら二つの力がせめぎ合う。互いに引かない攻防戦は、まるでぶつかり合う二人の意地と執念を可視化したような光景だ。


「流石は錠前家の封印術、以前に封じられた嫌な記憶がよみがえるわ。でもね……あの時の私とは違うの!」


 既に人を捨てた表情の穂端さんが、さらに凶悪さを滲ませ、叫んだ!


「人如きがぁ!」


 穂端さんの掌から、まるで意思を持ったような墨汁色の炎が噴き上がり、佐奈の作り出した炎の鳥を一飲みにせんと食らい付く! 朱と墨色が混ざり合う火柱が上がり、爆風が境内を駆け抜る。飛散する炎の羽根達がゆらゆらと地面へ舞い落ち、燻りながら白い煙を立ち昇らせた。


「そ、そんな……」


 今の一撃に全てを賭けたのだろう。虚脱しきった佐奈が膝を折り、項垂れた。


「悪いわね、佐奈ちゃん。私の勝ちよ」


 爆発の威力で袖と肩口から胸元までのブラウスをぼろぼろにし、更には肩で息をしながらの勝利宣言。あやかしも相当困憊している様子に見て取れる。

 けれど、俺程度なら一睨みで石に変えてしまうくらいの余力は残ってるんだろうな。マジでおっかないよ。


「鍵野くん!」

「は、はいッ!」

「ご覧のとおりです。皆、屈服させました……さぁ、どうなさいます?」

「お、俺も屈服させるのか?」

「いえ、誤解なさらないで! あなたは特別です。私と二人で、共に世界を牛耳りましょう」


 晴れやかな笑みへと戻った穂端さんが、俺を誘うように手を差し出し、招く。


「二人で世界を……かい?」

「そうです。あなたが世の封印された魔や妖を解き放ち僕とし、共に世界を手に入れるのです」

「俺が……世界を?」

「そう! 儀式の則り、契約の開封を行えば、例え悪鬼羅刹といえどもあなたの僕になるんです! 私がお手伝いします」


 世界を牛耳る、か。悪くないな…………でも。


「遠慮しとく、俺には分不相応だし」

「なっ?」

「俺は痛いのとか怖いのとか、そう言うの苦手なんだよ」


 不思議だ。決死の覚悟で囮となった蜜柑は気を失い、諸共の意気であやかしの動きを封じた花鶏は右腕を失いながら、苦悶に蹲っている。

 おまけに佐奈は、全ての気力を出し尽くしたせいで青息吐息の有様だ。こんな絶体絶命だって状況にもかかわらず、俺の心は落ち着き払っていた。


「世界の半分は……いえ、あなたになら世界を差し上げてもいいと思っているんですよ?」

「うーん、かなりそそられるね……でもやっぱいいや」

「な、何故です!」

「俺みたいな小心者はさ、佐奈のゲンコツや花鶏のお説教、そして佐渡先生のセクハラに怯えながら、日々のほほんとフィギュア製作に没頭している程度が丁度いいんだ。俺にとっちゃ世界はおろか、この御翔市だけでも広すぎるよ」

「そう、判りました。でも、最初にお聞きした質問の答えがまだです! この私、穂端枸櫞の想い、それだけは受け止めてくださいますよね?」

「…………ごめん」

「えっ?」

「ごめんよ、穂端さん」

「な、何故? 何故受け入れていただけないんですか!」

「俺の心の指定席は……もう既に売約済みなんだ。俺は自分の心に嘘はつけないんだよ」

「それは誰なんです?」

「それは――」

「そ、それは……?」

「俺の部屋にある総勢九十六体のフィギュア達さ」

「………………は?」



 穂端さんは『何言ってんだコイツ?』と言わんばかりの表情で俺をみている。

 うーん、わりとマジっぽくキメてみたつもりなんだけどな。



最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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