第三章 第三話
「えーっ……と、何だあいつは?」
コータの質問に誰も答えられないでいる。そりゃろうだ、ここにいる誰もが始めてみる顔だもんな。
でも、俺や花鶏、そして佐奈はヤツの正体を知っている……おそらく、いやいや絶対にアレはももいろあやかしだ!
そして周囲のザワザワが頂点に達した頃合だった。三メートルはあろうかと思しき足場から、少女がおもむろに――飛んだ!
「「「おおーっ!」」」
スタッ! と軽やかな着地を見せた直後、驚きと感嘆の声を上げる観衆の列へと、いたって平然に歩を進める彼女。さながらモーゼの海割りの如くに道を明ける生徒達など眼中に無い表情で、その大きなどんぐりまなこが見据える先は――勿論このステージだ。
「お、おいお前。小学生は邪魔だからあっち行ってろ。何せ今から水着審――」
「うっさい! アンタにはカンケー無いからだまってなさい!」
あやかしがアホ司会者を指差し一喝する。勢いに呑まれちまったのか、何も言い返せないコータが、着ている衣装と相まってすごく哀れだ。
「かまわぬ。小童よ、上がって来るがよい」
「こ、こわっぱてゆーな! 今そっちへ行くからちょっとまってなさいよ!」
花鶏の一言に気を悪くしたのか? えらい剣幕で言葉を返すあやかし。その胸元と同じほどの壇上へと、一生懸命這い登ろうとしている。
「うんしょうんしょ……ちょ、ちょっとアホ面司会者! ボーっと見てないで手ェくらいかしなさいよ!」
「お、おう……ったく、しょーがねぇなぁ」
壇上へ上がろうとジタバタしているちびっこいのに言われるがまま、コータが手を差し伸べ、あやかしの手をつかんだ。
「ったく、今からサプライズイベントの強制水着審――はうッ!」
その途端!
「ぬっ? これは悪意に満ちた気!」
「な、何これ? 邪な気が関口くんから漂いだしてる!」
花鶏と佐奈がコータの異変を訴えた。まぁいつもある意味悪意や邪気を発散させているヤツではあるけれど、素人目の俺にも判る!
あやかしの手を握った瞬間から、目の焦点が空ろに漂い、マヌケ面がさらにパワーアップされたかのような、弛緩しきった表情に変わってしまった。まさか今度こそ操られちまったのか?
「どっこいしょっと……フフフ。さあ、私もこのイベントに参加させてもらうわよ! いいわよね? もしダメってったら……私のしもべ一号がどうなっても知らないわよ」
女子小学生の下僕にされ、挙句にどえらい目に合わされるのか。ある種の人達からすれば、大金を払ってでもお願いしたいプレイだろう。よかったな、コータ。
「まぁコンテスト参加に関しては文句は無いけどさ、大体オコチャマが私達に勝てると思ってるワケ?」
佐奈の言い分はもっともだと思う。が、しかし! その疑問を覆す出来事が俺達を襲った!
「いいかーよく聞けー! あたしが飛び入り参加の魔女っ子天使の苺ちゃんだー!
おにいちゃんたちー、あたしに投票しなきゃだめなんだぞー!」
「うおおおおお!! いっちごちゃぁーん!!」
「いちごたん、萌えー!」
「「「マインカイザー・エーアトベーレ!!《我が主いちご様》」」」
コータからマイクを奪った苺を名乗るあやかしが放つ自己紹介に、恐らくはその半数と思しき男子達が天を突く勢いで拳を掲げ、その声に答えたのだった!
ま、まさかこいつらまで、あやかしであるこいつに操られているのか?
いや違うな! その容姿出で立ちと舌足らずな自己紹介に反応した、世間からいろいろと虐げられてきたコアな趣味の男子生徒達が、まるで「我が主を見つけたり!」とばかりに一斉蜂起したようだ。
「ふふふ……どう? あたしの魅力は? 世間の半数以上の男ってのはあたしのような若年層を好むって、調べはちゃんと付いてるのよ」
「一体どこ調べだよ?」
そんな俺の質問を軽く無視し、どや顔で佐奈を挑発する魔法少女。だが佐奈も負けてはいなかった!
「みんなー! こんな違法で不健全極まりない魅力に乗せられちゃダメだよー! 私や花鶏のような女のコと健康的なれ・ん・あ・い・しようねー!」
「もちろんだー錠前ぇ!」
「今、錠前がいい事言ったぁー!」
「かわいいわよーさなちゃーん!」
苺のマイクを奪い叫んだ佐奈の倍返しにも似た挑発コメントに、沸き立つ健康的男子達。よし、花鶏! ここはお前も一発ビシィッと決めて、三つ巴の一角を大きく奪っちまえ!
「やれ、仕方なし。佐奈よ、そのマイクとやらをこちらへ」
言われるがままに佐奈が手渡す。と、花鶏は左手にマイクを握り、右手人差し指を高々と天に向け、一言!
「皆、ごちゃごちゃ言わぬ」
そしてズビシと面前の生徒達を指差し、吼えた。
「わ し に 入 れ よ ! 以上じゃ」
言い終えて、ぽいっと俺にマイクを投げよこす花鶏。
「流石は九十九姐さんだ! 多くを語らずただ付いてこいとよ」
「ステキー! 花鶏さぁぁん!」
「キャー花鶏姉さまー! どこまでも付いて行きますわー!」
その大きな反応に、ぎりりと歯噛みする不健全恋愛主義者達。もはや会場内の観衆達でさえ、一触即発の鍔迫り合い状態になってきた。しかしながら俺の主観で見るに、どうやら女生徒を多く取り込んだ花鶏有利に思える。もうこのまま投票へとなだれ込んだ方がよさそうだな。
と、そう考えた矢先の事だ。俺の身体を力強く羽交い絞めにすると言う行為に及ぶヤツが現れた!
「だ、誰だ!」
「う、うう……つかまえ……た」
それはまるでゾンビのような生気のない声で拉致宣言をかますコータだった。
「うん? な、なんだコータか、気持ち悪いから放してくれよ!」
言ったところで開放してくれるはずが無い。そうだった、こいつは今ももいろあやかしに操られているんだっけ!
「よし、よくつかまえたしもべ一号。そいつを逃がすんじゃないぞ」
操られているとは言え、コータのこの行為を傍から見たら、人はなんと思うだろう? そう、もちろん――
「キャーッ。関口くんが辛抱できずに鍵野くんを抱きしめたー」
「うわぁー! やっぱり関口はホモだったんだぁー!」
「今までのは全部前フリだったのか!」
あ~あ、せっかくの努力も水の泡だ。あはは、お前ってヤツはホント浮かばれないやつだな、コータ。
「さあ、あたしのファンを自負するおにいちゃんたち! こうなったら力ずくで勝ちをうばいに行くわよー!」
「「「ジークハイル・エーアトベーレ《勝利ばんざい・いちごたん》!!」」」
「ま、まずいぞ! やつら本気で実力行為に及ぶつもりだ!」
こいつはまるで、苺なるあやかしの軍隊だ。今まで世間体的に虐げられてきたものたちの恨みが一気に爆発し、殺気となって彼らの周囲に漂っているのがここまで伝わってくる。たいへんだ、何とかしないと大騒動になってしまう!
「花鶏、お前の神通力か何かで、この状況を収められないのか?」
「すまぬ、わしとて全能ではないでな……」
「チクショウ、俺の奥の手も教室のカバンの中だしな。佐奈、教室に戻って俺のカバンを取ってきて――」
「無茶言わないで! こんなトコで戦ったら、皆に被害が及ぶし、第一私達の秘密がバレちゃうじゃない!」
佐奈が血相を変えて口を挟む。
「うむ、それが狙いでこの場を選んだのだろう。流石に侮れん奴よ」
「ふふふ、今頃気付いても遅いわよ。さぁ、おにいちゃんたち! 我がいちご派閥に組しない輩を排除しちゃいなさい!」
「 「 「 う お お お お お お っ !! 」 」 」
雄叫びと共に高々と振り上げられる、その方面への恋愛趣向者達の拳。――が、そこへ突然の声!
「 や め て っ ! 」
それは、ステージ横から発せられたものだ。暗雲の合間から射す一条の光の様な、清らかな、それでいて力強い声。その声の主はたゆんたゆんと胸を弾ませ……もとい、力強くもゆっくりとした歩調で、こちらへと歩み寄ってきたのだった。
「みなさん……もう、やめてください」
真珠の如き輝きを白い頬に伝わせ、豊満な胸の前で手を組み、祈るように騒動の収束を希求する少女――穂端さんだ。
その潤んだ瞳が、コータへ、そして小学生愛好……じゃなかった、苺崇拝者達へと向けられる。
息を呑むほどに美しい小さな輝きに体育館内を覆う邪気は払拭され、まるで大輪の虹の橋がかかった雨上がりの晴れやかな空のように、和やかで爽快な空気に満たされた。
「お、おい……やっぱまずいよなぁこういうの……」
「うん、喧嘩はよくないよね」
荒ぶる拳たちはその成りを潜め、皆が正気を取り戻し始めた。そしてその効果は、俺の身体を羽交い絞めにしているコータにも波及したようだ。
「あれ? お、俺なんで龍一に抱きついてんだ?」
正気に戻ったコータが、狐につままれたような表情で周囲を伺う。
「コータ、俺の事を独り占めしたいのはわかるけど、そろそろ放してくれないか?」
言われて自分のとっている行為に気が付いたコータが、慌てて俺を解放してくれた。でももう既に遅いけどね。
「やっぱ女の子を泣かせちゃまずいよな」
「穂端さんは、その涙をもって俺達に争いの愚かさを教えてくれたんだ」
「うん。穂端の可憐な涙は、いつも俺達の荒んだ心を洗い流してくれるぜ」
どこからとも無く聞こえる、その美しい輝きを称える声。――そうだ! ここは一発これしかない。
「と、言うわけでぇー! 今回の第一回御翔高校一年生限定ミスコンテスト、優勝者は……一年C組穂端枸櫞さんに決定だぁー!」
「 「 「 え え え え え え え え え え ー !! 」 」 」
「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! 優勝商品の分際で何勝手に決めてんのよ」
あやかしの苺がそんなの無効だと食い下がる。だが! 俺とて一歩も引かなかった。
「うるさい、俺は優勝商品だ! その俺が優勝者は穂端さんだと決めたんだ! 文句あるか?」
「あるわよ! 大アリよ! 大アリクイよ! まともな投票もせず、勝手に――」
「そもそも! そのまともな投票を最初に無視しようとしたのはどこの誰だよ?」
「う、うぐぐ……」
言葉を詰まらせるあやかし。
「いや、ちょっと待てよ。まだ水着――」
突然、コータが割って入ってきた。いい加減しつこい奴だな。しかし、
「うんまぁ、枸櫞ちゃんなら私はオッケーだよ?」
コータの言葉をかき消すように、佐奈が了承を申し出てくれた。
「ふむ、わしも異存無しじゃ」
そして花鶏も同意を示す。と言うかこの二人、もうすでにメンドクサイんだろうなぁ。
「そうだよなー、穂端はかわいいし胸もあるし、なによりあんな美しい涙を見せられちゃなぁー」
「だよな。なし崩し的だが、飛び入り参加が苺ちゃんとか言うやつで認められてる事だしな」
「うん、あの涙の前には誰も勝てないかもねー」
一人、また一人と、穂端さんを推す声が上がる。
「そ、そんな……困ります。私が優勝だなんて……恐れ多いです」
そんなオドオドと瞳を潤ませ辞退を申し出る穂端さんの両肩へと優しく手をさしのべ、俺は言った。
「そんな事無いよ。穂端さんはその資格を十二分に有しているさ」
「でも私なんか……」
「これは皆の総意なんだ」
俺は彼女の手を取り高々と掲げて、面前に居並ぶ観衆に向かって言い放った。
「あらためて! 今回のミスコンの覇者、一年C組穂端枸櫞さんに盛大な拍手をー!」
「 「 「 お お お お お お ー ! パ チ パ チ パ チ パ チ 」 」 」
「待てっちゅーとんじゃ! この――」
俺の強行採決に怒り心頭なあやかしの苺。そんな彼女の耳元で、花鶏がなにやら呟いた。
「――ふん、そんならまぁいいわ。今回は譲ったげる」
どんな呪文を使ったのやら? 頑として徹底抗戦の構えだった苺が、急にしおらしくなった。
「今はこれで引き下がるけど、次はこうはいかないんだからね!」
悪人の引き際の定番を吐き、おとなしく退場するももいろあやかし。が、未だ往生際の悪いヤツが約一名。
「バカ、龍一! お前まだ水着審査やってねーじゃねぇかよ! それをやらずして何のミスコンか!」
「いや、だ、だからそれは……」
「今からでも遅くはない、水着審査をやろうぜ! なにせ超ハイレグ系スペっシャルビキニとワンピースのツーバリエーションで――」
興奮気味にまくし立てるコータが、何か恐ろしい眼光に気付き、声を詰まらせる。
「水着審査? アンタ達、わざわざそんなエロいモノ着て、そんなくだらない事を私達がするとでも思ってんの?」
殺気を孕んだ視線を放つ佐奈が、コータを、そして俺を凝視する。いやいや、俺は止めてたんだよ!
「二人ともちょっとこっちへ……」
拒否権無しの命令に、舞台裏へと強制連行される俺とコータ。
一分後、顔面を真赤に腫れ上がらせた俺とコータが、ステージ上に二人並んで観客達(特に男子諸氏)へとお詫びを申し述べた。
「えー……今さっき、そこの階段で二人ともすっころび、見ての通り大怪我を負ってしまったので、この後に控えていました水着審査は、急遽無期延期となりました……皆様申し訳ありません」
皆、声もなく頷く。俺達の惨状を見て、どうやら全員が納得してくれたようだ。
「これにて、第一回御翔高校一年生限定ミスコンテスト終了いたします」
言い終えて、膝からがくりと崩れ落ちた俺。
本当にろくな目にあわなかったイベントだった。唯一の収穫と言えば、コータに「ホモ芸人」と言う通り名が付いた事くらいだろう。
最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!




