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第三章 第一話



「――きゅうじゅうろく、きゅうじゅうななっと。うんうん、全員揃ってるな! 変な神様に声をかけられても付いてっちゃダメだぞ」


 ブランカを亡くしたあの以来の朝の日課である、俺の家族フィギュア達の点呼。二人もの大事な身内を失ってか、フィギュア達も些かしんみりしている様子だ。


 だが、悲しんでばかりはいられない! まだ俺を狙うももいろあやかしは一体存在しているんだ。もう一人たりとも家族を失いたくは無いというのが本音だけれど、トリを飾るのはラスボスと相場が決まっているだろうし、いざとなった場合は致し方ない。と言う訳で、俺なりにちょいと策を考え、一応の手は尽くしてみた。俺は元より、花鶏の命もかかってるんだもんな……残りのあやかしが思ったよりも弱かった! なんて事になってくれればありがたいんだけどなぁ。


「まったく朝っぱらから毎度熱心な事だな?」


 いきなり背後からの声。もちろん花鶏だ。


「どわっ! び、びっくりさせるなよ花鶏」

「ふふふ、すまぬの」

「だ、駄目だダメだ! 出てってくれ花鶏! 俺の部屋にはお前や佐奈は絶対に入れないからな!」

「な、なんじゃ藪から棒に」

「どうせまたフィギュアを拉致しにきたんだろう? これ以上俺の子供達をイケニエにするつもりは無いぞ!」


 俺の部屋の入り口へと、花鶏の背中を押し戻す。その行為に抵抗はしないものの、一応の抗議は寄越してきた。


「わしはただ朝餉の支度が出来た故に呼びに来ただけじゃ。それによいのか? わしが人形へと憑依せねば、お主の身は危ないのじゃぞ?」

「大丈夫、判ってるさ。だから一応の策は既に講じてあるんだよ」


 鼻から軽く息を吐き捨て、やれやれと首を振る花鶏。しかし、俺の脳内を覗いたような素振りは見せない様子。少しは信用してもらっているのか? それとも俺の奥の手を察知し、得心が行ったのだろうか? まぁいずれにせよ、花鶏や佐奈には絶対にフィギュアは触らせない。これ以上の犠牲者を出すのはごめんだからね。


「やれ、仕方なし。ではお主の秘策とやらを楽しみにしていようかの」

「あぁ、細工は流流ってやつさ……おっと、忘れるところだった! きゅうじゅうはち! っとね」


 そう言って、俺は花鶏に指を向け、点呼を取った。


「なんじゃ?」

「うん。魔改造とは言え、花鶏は俺が作ったフィギュアの記念すべき百体目だからね。ちゃんと指差し確認したまでさ」

「そうか。フン、つまらぬ所に律儀なヤツよ。まぁよい、さっさと参れよ? 早う台所に来ねば、お主の味噌汁はわしが頂くぞ?」

「わかってるよ。すぐ行くから」


 そして俺は、『秘策』なるモノ達を秘密の隠し場所から取り出し、通学鞄に収め、朝食へと望んだのだった。今後の秘策の結果は神の味噌汁……もとい、神のみぞ知るってやつだ。





「やぁやぁみんなおはよー!」


 教室に着くと、開口一番今日も元気に挨拶だ! 俺の爽やかな朝の掛け声に、あちこちから返礼が上がる。


「佐奈ちゃんに九十九さんおはよー!」

「佐奈、花鶏ちゃん、おっはよー」

「つ、九十九さんおはようございます!」

「九十九姐さんはよざーッス!」

「花鶏さん、おはよう。今日も素敵だね」

「コラてめぇ! 俺の九十九に気安く名前呼びしてんじゃねぇ!」

「お前こそ『さん』を付けろよデコスケ野朗!」


 うん、清々しいほどまったく俺への挨拶は無いね! いや、いいんだ。判ってた……判ってたさ。


「あの……鍵野くん。お、おはようございます」


 ななななんと! 鍵野龍一史始まって以来、初めて俺に挨拶を返してくれた人が! しかも可憐で清楚な乙女の声! 一体誰だろう?

「お、お、お、おはよう! えっと――」


 振り返り、その心優しき人のご尊顔を拝する。と、それは委員長である穂端さんだった。


「あ、あのですね……実は少し困った事がありまして」


 そう一言零して、とある方向へと視線を移した。その美しい瞳が見つめる先には、誰あろう我がエロ盟友であるコータの姿が……って、なんだか変だぞ?

 まるで時空が歪んでんじゃねぇか? と思えるくらいの負のオーラを発散させながら、二秒後には教室の窓からヒモなしバンジーでもやらかしそうな陰鬱な表情で、どこを見るとも無くぼーっとしてやがる。


「今朝登校して来た時からずっとあんな調子なんです。なんだか心配になって声をかけてみたんだけれど、何も答えてくれなくって……鍵野くんは関口くんと仲が良いんでしょ? よかったら声をかけてあげてくれませんか?」

「ぬぬ。た、確かに長年つるんできた間柄だけど、あんな表情のコータは見たことが無いや。まるで何か魔物にでも取り憑かれたかのよう……はっ! もしかして!」


 ピンときた。悪い予感が俺を襲う。


「わかったよ、穂端さん。とにかく俺が事情を聞いてみるよ」

「あ、ありがとうございます鍵野くん。鍵野くんは友達思いでやさしいんですね。とても素敵です」

「え? あ、いや。あはははは……そ、そんなことないけどさ」


 照れ隠しの笑いが不意に出た。と同時に、穂端さんの顔が赤くなる。


「や、ヤダ私ったら変なことを口走っちゃって……と、とにかく、よろしくお願いしますね!」

「ああ、まかせときなって」


 俺の快い返事に、頭をぺこりと下げる穂端さん。

 そしてまたゆさゆさ――もとい、てこてことかわいい歩調で自分の席へと戻っていく。

 ちくしょう、かわいいなぁ(特に胸元とかバストの辺りとかおっぱいの周辺とか)……おっと、こうしちゃいられない! せっかくコータの事を花鶏によろしく伝えてやったってのに、アイツがもしあやかしに操られているとしたら、謝礼のメジャーリーグ級DVDを借りられなくなる可能性が出てくるじゃないか! それだけはなんとしても阻止したい!


「おい、コータ! 大丈夫か?」

「…………」


 へんじがない、ただの生きるしかばねのようだ。って冗談言ってる場合じゃないな。


「おい、しっかりしろ! 何かあったのか!?」


 わざと声を荒げ、クラス中に聞こえるようにする。その声に振り向くクラスメイトの中の――花鶏に、そして佐奈に目配せでサインを送った。


「ん? あぁ……りゅういちか……ハァァ……」


 まるで魂を抜かれちまったような空ろな眼差しに、生気の無い声とでっかいため息。花鶏と佐奈も、どうやらコイツの異変に気が付いたようだ。


「あやかしかな? 俺が言葉を操られてた時みたいに」


 俺の傍らへとやってきた花鶏に尋ねる。


「いや、そうではない。邪な気配は感じられぬ。が、生気も感じぬのう」


 そんな俺と花鶏のやり取りの最中、コータが突然興奮し、暴れるように叫び始めた。


「ちくしょう! 俺はノンケだ! どノーマルだ! 俺はマッチョな兄貴なんて興味ないんだ! 俺の好きなものは生まれてこの方『かわいこちゃん』だし、嫌いなものは『ちん(ピー)』だ!」


 なんだ、いつものコータじゃないか……安心したけど気が抜けたよ。そう考えた瞬間、佐奈が「あほらしい」と言わんばかりの顔で小さなため息を零した。まぁ確かに、佐奈でなくともアホらしい事この上ないけどね。


「で、どうしたんだよ? いつもの元気だけがとりえのお前から元気がなくなっちゃったらさ、もうアホとバカととてつもないエロ成分しか残らないじゃないか?」

「そうね、龍とアンタはムダな元気だけが取り柄の変態コンビだもんね」

「あぁ……うん……そうだな」


 俺や佐奈の言葉に反応薄く答えるコータ。かなりの重症だ。


「……な噂話がよ……」

「うん、なんだ?」

「変な噂話がよぉ……」

「噂話だって?」

「あぁ。なんかよ、今クラスの……いや、学年中の女子の間で密かに語られているらしいんだが……」

「ふむふむ、どんな噂だ?」

「どうやら俺は――末期レベルのホモらしい」

「…………は?」

「なんでも、俺はムキムキマッチョな兄貴に恋焦がれる変質者なんだと……最近、そんな噂話を耳にしちまったんだ」


 ふ、ふーんなるほどね。なんだかすごく身に覚えのあるフレーズだなぁ。


「まぁそんなのは他愛も無い噂話であってさ――」

「噂話程度ならまだ良いさ! 実際、今朝女子達に朝の挨拶をしたらよ、汚物を見るような目で見られて、しかも蛇蝎の如く避けられたんだ! 挙句に遠巻きに聞こえるヒソヒソ話。あぁ……俺の華麗な学園生活はもう終わっちまった!」


 終わったもなにも、まだ始まってさえいなかっただろうに。それはさておき、おそらくはその噂を散布したと思しき人物に目をやると、やはりと言うべきか、明日の天気を気にするような素振りで知らん顔してやがる。


(な、なによ! アンタが私に言ったんじゃない? 関口君はマッチョな兄貴に興味があるって)

(だからって、ほかの奴らに言いふらす事はないだろ? しかも尾ひれが付くどころの話じゃなく、ブースターユニット装備のフルバーニアン化してるじゃないか)

(だって、ここまで大事になるなんて思っても見なかったんだもん。わ、私は知らないわよ? アンタ責任もってなんとかしなさいよね?)

(なんだ、ずるいぞ! こんなクソくだらねぇ難儀を俺に押し付けて、自分だけ逃げんのかよ?)

(アンタの友達でしょ? 何とかしてあげなさいよ!)


 と、突然そんな俺と佐奈のヒソヒソ話を割って、花鶏が青天の霹靂たる質問を挟んできた!


「なんじゃ? おのこ同士の愛がそんなに不純、滑稽か?」

「「えっ!?」」

「衆道とは、おのこ同士の美しき絆であろう? 違うのかえ?」


 突然の花鶏によるやおい肯定宣言! これには聞き耳を立てていた周囲のクラスメイト達も度肝を抜かれたらしい。


「あ、花鶏さん! そんな趣味があったんですか!」

「どんな性癖も受け入れる度量の大きさ、流石は九十九姐さんだ!」

「九十九さんもやおい系ファンだったんですね! 今度ウチの同人誌読んでみませんか?」


 なんだよ皆、俺が以前百合の素晴らしさを布教しようと、百合系バトルアニメ「えむえすじゅうハチ」を例に挙げて(さりげなく俺製作のフィギュアを交えあがら)力説した時は「うっせぇ、アニオタのフィギュア萌え族め!」の一言で切り捨てたくせに!


 まぁそれはいいとして、全周囲からの反応に、流石の花鶏も一瞬タジっている様子。


「し、静まれィッ! ――コホン。ともかくじゃ、関口よ。そのような小さき事で、男子たる者がくよくよするな」

「う、うう……九十九……ありがとう!」

「であるからな、ここは一発胸を張って、『我はおのこが好きである!』と叫び、秘めたる己をとき放て。すっきりするやも知れぬぞ?」

「だ、だからちがうって九十九ぉ!」


 涙目で俺に訴えかけるコータがなかなかにキモくて面白い。が、いつまでもこんなバカやってる場合じゃない。仕方が無い、手を貸してやるかな? そもそもは俺の咄嗟の嘘が招いた事でもあるしね。


 で、俺は一つの策を思い付いた。


「いや、皆の前できっぱり言い切る必要はあるな。それも大々的にさ」

「龍一ぃ! お前まで――」

「いやいや待て、最後まで聞けって。それはお前がホモだと大々的に発表するんじゃなく、関口浩太はまともな性癖……とは言い難いが、まぁ普通に恋愛対象は女性だと知らしめる必要があるって事さ」

「お、おう。で?」

「そうだな。今度の一年生の親睦集会の時、皆を前にノーマルさをアピールするってのはどうだ?」

「ど、どうやってだよ? いきなり壇上に上がって叫ぶのか? そんなのただのイタい奴だぞ」

「いやいや、例えばだな……何かお前企画のイベントを生徒会に打診してだな――そう! 我が御翔高校一年生限定の美少女コンテストを開催して、その司会を務めるなんてどうだろう? これならお前が女性が好きと言う事をさりげなくアピールできるぜ?」

「おぉ、おおっ! ミスコンか! それはすばらしい、龍一にしては名案だ!」

「だろ? しかも俺達のクラスには候補者が二人もいるしな、ワンツーフィニッシュを決められるぜ」


 と言いつつ、俺は佐奈と花鶏に視線を向けた。


「な、何で私まで出なきゃいけないのよ?」

「だってさ、このクラスじゃお前らの人気は甲乙付け難いだろ? ならいっそ二人出した方がすっきりするじゃないか」

「い、嫌よ恥ずかしい」


 そんな佐奈へと、花鶏が奇妙な提案を出した。


「佐奈よ、優勝目録として『龍一を好きに出来る権利』と言うのはどうじゃな?」

「はぁ? あ、花鶏なに言ってんの! こんな腐れポンコツもらったって誰も喜ばないわよ!」

「フフフ、好きに出来る権利。じゃぞ? 生死を問わずな」


 そんな花鶏の言葉を聴いて、佐奈の反応が変わった。


「そっか、生死を問わず……か。なるほど、面白いかもね」

「な、なにが面白いんだよ! 二人とも俺を何だと思ってやがんだ」

「ホンっとバカね。これはいい餌になるってのがわかんないの?」


 俺としては、この人達の言っている意味自体まったくわからない。お前がバカだろと言ってやりたいのをぐっと堪え、ここは素直に首を傾げておこう。


「いい? アンタを餌にすれば、残りのももいろあやかしが現れるかもしれないじゃない? いえ、絶対に現れるわ!」

「う、うん。そうか、なるほど。理由はともあれ、二人とも出てくれるって方向で話を進めていいんだな?」

「まぁ、致し方なし。晒し者になるのはこの際こらえようぞ」

「そうね、万が一私が優勝したとしても、最近いろいろと鬱憤がたまっているから丁度いいわ」

「鬱憤って……何する気だ!」

「大丈夫、ぎりぎり死なない程度に痛めつけるだけだから。まぁ後遺症とかは大目に見てよね」


 それならいっそひと思いに殺してくれたほうがいいです。


「じゃあ、生徒会には私の方から打診しておいてあげるわ……それでいい? 関口君」

「お、おう……なんかしらんが良しなに頼む!」



 こうしてうやむやのうちに、鍵野龍一争奪杯御翔高校一年生限定の美少女コンテストが開催される運びになってしまった。


 俺を巡り御翔高校一年の美少女達が、その美しさを競いあう! ……って、そんな謳い文句でミスコンに応募する女子なんているのかな?


最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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