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第二章 第三話


 保健室、それは癒しの場所。保健室、それは安らぎの空間。保健室、それは甘美と背徳の世界。そう、俺達若き猛りを内に秘める男子生徒達の憧れの場! それが保健室だ!


 二年生以上の男子生徒は声をそろえてこう言う。


「今年の一年はラッキーだ! 何故なら昨年度まで保健室に巣食っていた養護教諭は、定年間際の妖怪おばあちゃんだったからな!」


 保険の先生に対し、なんて失敬な物言いだ! と、誰しもが思うだろう。だが、今年度から保険室の先生となった養護教諭を一目見れば、俺達一年生男子は「なんて俺達は幸運なんだ!」と神に感謝せずにはいられない筈だ。


 その擁護教諭佐渡響子さわたりきょうこ先生は、噂によれば若さと美貌と優しさを兼ね備えた完璧超人であるにもかかわらず、まだ独身を守り、我等男子生徒の健康を(いろんな意味で)影ながら支え続けている、まるで生き仏のような方だと言う。いや、そいつは噂なんかじゃない! 俺は確信している、かの先生こそ教師の鑑であり、男子生徒達の癒しの女神様なのだと言う事を!

 何故俺如きが確信を持てるかって? だって俺は最近ここの常連となりつつあり、よく会話を交わすようになったからさ。まぁなりたくてなってる訳じゃないけどね。


「こんちはー、先生。また暴漢に襲われたんで治療を……って、あれ? 誰もいないや」


 いつもの慣れた口調で保健室のドアを開けたが、そこには誰も居ず、ただ俺の間抜けな声だけが、床へと転がり落ちただけだった。


「誰が暴漢だ!」


 佐奈のゲンコツが俺の頭をポカリと殴る。これほど言動につじつまの合わない人はいないよな。


「いてて……まぁいないのなら仕方がないな。帰って家で正露丸でも飲むか――」

「鍵野くん、前にも言ったけど正露丸では打撲傷は治らないわよ」


 ふと、背後から大人の落ち着きと色っぽさを兼ね備えた声。その声の主である巨乳美人こそ、俺達の女神様である佐渡先生だ。


「あ、先生! また通り魔に……い、いや廊下ですっころんじゃって……治療してください」


 佐奈の食い込むような視線に、言葉のチョイスってヤツの難しさを痛感する。


「あらあら、いい感じで殴……転んだわね。早く入りなさい、治療してあげるから」


 先生の優しい招き入れで、俺達三人は保健室の中へと入ろうとした。と、


「ああ、あなたたちは表で待っててね、すぐ済むから」


 佐奈と花鶏は表で待つようにと、先生のご指示。はからずも俺は、佐渡先生との二人っきりの甘いひと時を堪能する権利を得てしまった。


 ざっくりと開いた、春らしい桜色のワンピースの胸元。そこには一度入れば遭難間違いなしの深い渓谷! そして長く艶のある髪をしなやかに靡かせる度、芳しいトワレの香りが鼻をくすぐる。いくら俺が生身の人間にあまり興味がないとは言え、流石にこの人(特におっぱい)の前では、失われた本能ってヤツが再び目を覚まさずにはいられないらしい。


 いやぁ、苦あれば楽あり。こんなに凄惨な目にあっても、先生の大人の魅力を拝めるだけで全てチャラになる気がするよ。


「どれどれ……いい具合に晴れ上がってるわねー! どう、痛い?」


 先生が倍ほどに腫れ上がった俺の左頬を、人差し指でチョイチョイとつっつき、反応を確認している。いや、確認と言うより、何か楽しんでいるとも取れる表情ではある。


「い、痛いです先生」

「ふふ、これはね……見た目ではわからない症状を察知する触診なの、男の子ならがまんなさい」


 そしてつんつん、ぐりぐりと刺激するたび、俺は悲鳴をあげながら身もだえする。これが触診だって? どっからどう見ても傷口を悪化させようと弄り遊んでいるようにしか見えないよ。なんか先生の表情も恍惚としたものを湛え始めているような気がするし。


「せ、せんせいたたたた! ……なんか楽しんでませんか?」

「ばっ! バカ言いなさい、楽しんでなんかいません! でもそうね、もういいでしょう。まぁなんとも無い様だし、念のためバンソウコウ貼ってあげる」


 そう診断を下した先生が、応急処置用の薬箱からでっかい絆創膏を取り出し、手際よく俺の腫れ上がった頬へぺたりと貼ってくれた。


「よし! これでオッケー」


 先生は一言の終了宣言と同時に、今しがた貼ったばかりの絆創膏の上を剥がれないようにと念を込めるが如く、平手でパチンッと叩いたのだった。


「ひぃ、痛い! 痛いですよ先生!」


 たまらず叫ぶ。が、先生は「うん、いい声だ!」と言わんばかりの表情で一人頷き、悦に入っている様子だ。


「大丈夫だとは思うけど、痛みが激しくなったらここへ行きなさい」


 そう言って先生はデスクへと向かい、メモ用紙の上にペンを走らせる。その達筆な文字が示す意味、それは俺の心を鷲掴みにするような、衝撃且つ興奮を覚える内容だった。



『このあとすぐ、体育館倉庫の裏まで来る事!』



 ソイツは佐渡先生からのお誘い、いや厳命だった!


「せ、先生……こ、これは?」


 俺の問いに、セクシーかつお茶目なウィンクで答える佐渡先生。と、同時に、保健室の引き戸がガラリ! と開き、佐奈が猫をかぶった声で一言。


「あのー先生、まだですか?」

「うふふ、おまたせ。ちょうど今終わったところよ」


 俺は手渡された紙をそそくさとポッケに仕舞い、深々と一礼して保健室を後にした。


「あ、ありがとうございました!」


 出る間際に垣間見た先生は、まこと愛の女神を彷彿とさせる満面の笑みで小さく手を振ってくれていた。これは……これは俺に大人の階段を全速力で駆け上がって来なさい! と言う先生のメッセージなのだろうか。


 否! 今すぐ大人にしてア・ゲ・ルと言うお誘いに他ならない!


 無論、そんな俺へと課せられたこの後の行動は唯一つ。そう!


「あー、すまない。教室に忘れ物しちゃった」


 だがこういう時に限って佐奈は不思議と優しさを見せる。


「たく、しょうがないわね。じゃあ付いてってあげるからさっさと行きましょう」


 天性の勘ってヤツかな? どうやら俺の邪魔を生きがいとする彼女らしい、見事な嗅覚だ。


「で、でも、めんどくさいだろ?」

「別にいいわよそれくらい。ね、花鶏?」

「ふむ、よかろう」


 花鶏が、微かな笑みを浮かべて相槌を打つ。


「いや、あとトイレも行きたいから、二人ともここで待っててくれ」

「そんなの途中でちゃっちゃと済ませちゃえばいいだけじゃない」

「その……じ、実はうん――」

「だーっ! 判ったからとっとといってこいっ!」


 などと乱暴な言動の上、俺のケツをげしっ! っと蹴り上げる佐奈。なんとか開放してもらったのはいいが、もし俺の便意が本物だったとしたら、別の物をも開放していたかもしれないだろう。





 猛ダッッシュでやって来た体育館倉庫の裏。

 そこは普段からほとんど人気がなく、時折俺と花鶏、そして佐奈が、いざあやかしと戦う羽目になた場合を考慮して、人目を避けて昼休みを過ごすポイントの一つでもあった。

 しかし今日は、俺がグローイングアップを迎えるという、人生で最も重要な場所と化すだろう。

 すまない、佐奈よ。そして俺のかわいいフィギュア達よ! 少しだけ、少しだけ三次元女に浮気する俺を許してくれ! これも精神的成長を果たし、今後のフィギュア製作に大いなる革新をもたらすための、大事な一歩なんだ!


 ……ん、ちょっと待て。佐奈? 佐奈だって? 何で佐奈なんだ?


 フィギュア達は判るが、何で佐奈にすまないと感じるんだろう? それに何だ、あいつの顔が浮かんでくるたびに、胸が痛いんだが……こ、これってまさか――あいつの呪いなのか!


 くそう、佐奈のヤツ! 俺が幸せになると言うのをどこまでも邪魔しようって魂胆だな?


「ちくしょう佐奈! お前の思い通りにはさせないぞ!」


 と、俺が見えない敵と戦っているところに、またもや背後からの艶っぽい声。


「ふぅん、やっぱりあの女の子の事が気になるのかしら?」


 もちろんその声の主は、我が救世主である佐渡先生だ!


「あ、先生! そ、そんな事ありませんよ。それより、言いつけ通りちゃんとやってきました!」

「そう、いい子ね。素直な子は大好きよ」


 少しきつめの眦を緩ませ、先生は俺に手を差し伸べた。


「さ、こっちよ。いらっしゃい」

「は、は、は、はい!」


 上擦った声の俺を、赤く染められたネイルポリッシュも悩ましい指がいざなう。

 そして誘われるがままに、まるで催眠術にでもかけられたかのようなふわふわとした足取りで向かった先。そこは体育館付属の倉庫にある、裏口用の鉄製の扉の前だった。


 がちゃり、とドアノブを回す音が響く。ぎぎぎぃっと軋みながら開かれた扉の向こうは、黴臭さが鼻を突き、薄暗い闇が覆い尽くす世界があった。


 この部屋へ入る俺と、この部屋を出る俺とでは、きっと見た目には判らない変化があるのだろう。カラカラに渇いた喉へと生唾を飲み込む音が、自分自身の中でやけに響いた。覚悟は出来ている……そうだ、俺は今から佐渡先生の手ほどきのもと、大人への階段を駆け上がるんだ! 


 だが、何故だろう。足が前に出ない。一歩が踏み出せないでいる。


 臆したか、俺! そうだ、ここまで来たら後へは引き下がれないんだぞ。だがしかし、この胸のもやもやは何だろう?


 もしかしたら佐奈の呪いが俺の胸を締め付け、大人への一歩を踏み出せないようにしているんじゃないのか? チクショウ、俺も男だ! 見事佐奈の呪いに打ち勝って、先生のご褒美を――


「チンタラしてないでさっさと入れ!」


 どげしっ! と、不意にまたもやケツを蹴り上げられ、無理やり倉庫内に押し込められた俺。だが今回は、さっき佐奈に食らった割とソフトなインパクトではなく、何か鋭角的な硬いものが容赦なく捻り込まれた感がある一撃だった。例えば佐渡先生がいつも愛用しているピンヒールのようなものを履いた足で、タイ式キックボクシングの前蹴りを繰り出されたかのような……って、先生?


 振り返った瞬間、倉庫裏口の扉が「バタンッ!」と乱暴な音を立て閉ざされ、おまけに内側から鍵をかける音まで小さく響く。一瞬で世界は漆黒と化し、小窓からのわずかな光は、室内を覆いつくす闇に今にも消え去りそうだ。


「せ、先生……こ、これは一体?」 

「あんま手を焼かせんじゃねぇよ、このブタ野郎が!」


 ドスの効いた声が、倉庫内をまるで這うように響いた。


「ったくさ、ガッコではネコかぶってるつもりだったけど……オマエがあんまりいい声で鳴くもんだから、我慢できなくなったじゃない。責任取るのよ、いい?」

「そ、そんな! 先生は……あの優しく清楚で美しかった先生はいったいどこへ!」

「どこへ? もクソもねぇよ。こっちが本来のアタシの姿なんだよ、クソ豚ヤロウ!」


 闇の中で先生の瞳だけが爛々と輝いているそんな光景に、腰が抜け、へたり込んでしまった自分が情けない。


「どうしたオカマ野郎? そんなんでよく男が務まってるわね!」


 その姿、その声、そして言葉遣い。いつもの佐渡先生であって佐渡先生でないような、そう、まるで物の怪にでも支配されたかのような言動――ま、まさか!


「ま、まさか先生は――ももいろあやかし!」


 軽い眩暈が俺を襲った。あれほど優しかった先生が、あんなに素敵だった佐渡先生が、本当に俺の魂を狙う極悪妖怪なのか!?


「何ブツブツ言ってるか知らないけど、言葉使いには気をつけたほうがいいわよ。でないとキツーイお仕置きしちゃうから……ねっ!」


 しりもちを付いた状態の俺の股間に、ぐりぐりと先生の容赦ないピンヒール攻撃が襲う! やめてください先生、俺にはそんな性癖はないです! ないですが……なんだか開いた事のない、開けちゃいけない扉が少しずつ開いていくような、それでいて既に本能として知っているような世界が垣間見えて……い、いや、そんな事言ってる場合じゃない! このままじゃ俺のいろいろな部分が風前の灯だ!


「ちくしょう、先生がももいろあやかしだったなんて……ホイホイやってきた俺がバカだった!」

「うっさいわね、何ワケの判んないコト言ってんの! あんまり反抗的になるんだったらこのまま踏み潰すわよ!」

「ヒ、ヒィー! やめてくださいー! スミマセンスミマセンスミマセン!!」


 必死に首を振って許しを請う。と、そんな時だった。倉庫内に置かれていた跳び箱の片隅から、不意に少し間延びしたような女の子の声。


「ももいろあやかしですかぁ? それってあちしの事ですよーご主人さまぁ」


 薄明かりに照らされようやく垣間見えるその姿は、体操服にブルマと、首にチョーカーらしきものを付けた少々おっとりとした表情の女の子だった。いや、チョーカーじゃない……あれはたぶん犬用の首輪だ! そんな物を付ける人ってのは、前世が犬だった人か、すっごいアレな性癖の人かのどちらかだ。


「ああ、そいつは私のペット一号である蜜柑みかんだ」

「はぁーい! あちしがぁ性的奴隷セクシャルスレイヴの蜜柑でぇーっす!」


 元気いっぱいに手を振って……いや、あれは――尻尾!? なんか尻尾のようなものをパタパタと振っているんですけど! しかもよく見ると、ショートボブの髪の毛にケモミミヘアバンドかと思いきや、時折ピクピクと動かしてる……って事は生えてるのかそれ!


「うん、そうだよぉ。あちしはご主人様の忠実な犬なのだわん! よろしくねぇ、二号きゅん」

「あぁ、そうそう。ちなみにお前はペット二号だからな」

「じゃあ彼女は俺の先輩さんなんですね……ってそうじゃないです! そんな嫌な先輩は欲しくないですよ!」

「心配するな、ヤツはペットでも犬畜生の部類だ。お前はクソ豚だから、種類的にはかぶったりはしてない」

「あ、そうっすか。なら安心……いやいや、先輩が欲しいとか欲しくないとか、種類云々だとかじゃなく、何故俺が先生のペットになるんですか!? まぁ、優しくされるならまだ吝かではない構えですけど……」

「蛆虫以下の変態奴隷の分際でごちゃごちゃぬかすな! それとも、股間のパーティー会場を大惨事にして欲しいの?」

「ひぃぃ! そんな事されたらこの先レッツパーリィーできなくなってしまうじゃないですかぁ!」

「フフフ、べつにいいじゃないか? ペットの身分で下手に欲情されるのはメンドクサイからね……私が直々に去勢してア・ゲ・ル」


 先生の目がギラリと光る! 佐奈が時折見せる(俺を葬ろうとするときの)本気の眼差しと同じ輝きじゃないか! ちくしょう。もう、もうおしまいだー!


 と、その時だ! 



 ――ガチャリ……ぎぎぎぎぃ。



 鍵と鉄扉を開ける音と共に、真の救世主の声が!


「ほれほれ、そこまでじゃ。まことに月並みな登場の仕方だが、まぁ許せよ」


 突然鍵をかけられたはずの裏口が開き、薄闇を打ち払う。そこには呆れ顔で手をパンパンと叩き注目を誘う花鶏の姿があった。



 か、神様仏様! 九十九神様! 俺の大ピンチを察して助けに来てくれたんだね!


最後まで目を通していただき、まことにありがとうございました!

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