松江昇太郎
プロローグ
ごめんなさい。女子は俺に謝りながら床に散らばったプリントを慌てて集める。
俺もそれを拾いながら声をかけた。
「大丈夫? 後は、ボクがやっておくから帰りなよ」
俺は優しそうに微笑み、女子に帰りを促した。
えっ、でも……と言うためらいにイラっと来たが、それでも微笑みを崩さずに
「いいから、いいから。体調悪そうだし早く帰って休んだほうがいい。君はたしか隣のクラスだったよね。それ志川先生に届けるんでしょ? ボクもちょうど職員室に用事があるからさ」
お前といるほうが面倒なんだと思いながら再度帰りを促す。当然、俺は職員室に用などない。あー、やっぱり無視して立ち去っていれば良かったな。と軽く後悔するも、流石にぶつかった相手を無視するのはマズい、こうするのが最善だったんだと自分に言い聞かせる。
そのうち女子は、ありがとう松江くんと礼を言い、深々と頭を下げて帰っていった。
本当は帰りたいくせに、一度は躊躇したフリをして二度目で受けるとか京都人かよ、ここは東京都だバカヤローと偏見にも程があることを考えながら職員室の方へと向かう。
その途中、階段の踊り場で偶然にも志川先生とばったり会った。年の頃は二十五、六で長い黒髪に大きな胸を持つ常に上下ジャージの若い女の先生だ。
「おっ、松江じゃないか」
「志川先生、ちょうど良かった」
「ん?」
さっき、あったことをかいつまんで説明する。
「そうか、じゃあ悪いけどそのまま職員室に行って私の机の上に置いといてくれ」
「分かりました」
そう言って階段を降りようとした時だった。
「それにしても、松江は本当、女の子みたいな顔してんな。ちょっとメガネ外してみ? 軽く化粧でもしたら私より綺麗になるんじゃね」
「やめてくださいよ、気にしてるんですから」
顔が引きつっていくのが分かる。先生だからって調子に乗ってるんじゃねーよブチ殺すぞ。
「いや、本当だって。こんな綺麗な顔してるのに意外と筋肉があって、運動神経もバツグンってモテまくりだろ」
「そんなこと、ない」
ですよと言い終わらないうちに、先生はキョロキョロと周りを見渡し小声で
「書道部なんてつまんないとこ辞めてさ、野球部に入ってくれよ。お前の運動神経があれば
絶対活躍出来るからさ」
「なにを言ってるんですか」
受け流して階段を降りる。付き合っていられない。
「待ってるからなー」
先生の大声にギョッとした生徒が俺の方に振り向く。勘弁してくれと思いながら職員室へ急いだ。
コンコン、コンコンとノックをして中に入る。
「失礼します。志川先生にプリントを届けるよう頼まれたんですが」
「志川先生の机は、あそこだけど……」
予想はしていたが、それ以上に机の上は散乱していた。
「どこに置けばいいですか?」
「椅子の上ってわけにも行かないし、私が預かっておきますよ」
まったく、志川先生にも困ったものだと聞こえた小言を傍目に、失礼しましたと職員室を出て俺はようやく帰路についた。