豊かな食卓、乏しい経済状況
目が覚めたが、まるで目が覚めた感覚が無い。
夢の中で何者かに見つけられた、という感覚が拭い去れないままだ。
酒に何か混ぜられていた可能性を考えたが、それにしては中途半端な効果である。
部屋についているシャワーで身体を洗い、清潔なタオルで身体を拭いて
やや不潔な衣服に袖を通した。悪い意味で香ばしい。
「洗おう」
誰に許可をとるわけでもなく、そう宣言した。
そうでもしないと優先順位が低いままで、後回しにしてしまうからだ。
耳ざとい端末は自分の発言をピックアップして複数のサービスを表示するが
俺はそれを無視して食事をしに下のフロアに降りた。
「思ったより早かったな」
「いい夢を見た。寝る気が失せる様な奴だ」
午前中、酒場である境界の石は営業時間外だ。
その代わりに午前中は宿泊客に対する食堂のような形で営業している。
実に合理的であるが、自分のような者にとっては利点がもう一つ。
「お気の毒だな。さて、買い物をするのだろう?一覧から選べ」
「食った後でな。どれだけ選べる余地があるのか怪しいが」
昨晩口にした食事よりも幾らか真っ当なラインナップが並んでいる。
合成の食料ばかりとはいえ、味やボリュームには申し分が無い。
由来は豆らしいが、味は肉そのもののソイレント社ブランドや
海洋生物由来の伝統的な合成食料が並んでいる。
ビュッフェ形式なのを良い事に皿に大量に載せたそれれらを食いながら
電子カタログに表示されるリストに目を通しながら見積もりを立てる。
今の手持ちを10とした時、住居の確保で6割はなくなる計算だ。
次に新しい服と靴を調達すると1割は使うだろう。
そうなると、自由になる金は3割程度。ただし生活費は計算から除く。
「端末は確定だろ。後は……」
特殊な道具の購入しようと思ったが、店での扱いは無いようだった。
防弾効果のあるコートと携帯端末をチェックすると、既に用意済みだったらしい。
引渡しを待つことなく、店の奥からアンドロイドが品を持ってきた。
「用意がいいな」
「端末は前から聞いていた。防具が必要なことは、お前の服を見れば判る」
「大した記憶力だ」
店主は自分の服装の変化からニーズを見抜いていたらしい。
そういう事をやる店主がいるからこそ、いつもながら底知れぬ何かを感じる店だ。
昨晩の店ではないが、この店のバックヤードについても怪談が飛び交っている。
何でもダンジョンが広がっており、不用意に踏み入れると死が待つというのが
有力な与太話だ。
「服を洗いたいんだが」
「賢明だな。通りにあるクリーニングサービスが今日はヒマしているそうだ。 行ってみたらどうだ」
「そうしよう」
店を出ると、時刻は11時を過ぎていた。




