精算と清算
店内は仕事を探していると思しき連中で賑わっていた。
境界の石と同じような店を想像していたが
店内の各テーブルにはディスプレイがついており
それぞれに要求されている仕事が表示されている。
「合理的だな」
「だろう?誰かとバディを組んだり傭兵稼業をするなら最高さ」
男と酒を飲みながら、表示される仕事を適当に調べてみる。
引越し、廃品回収、運搬、などという単語が並んでおり
パッと見れば普通の肉体労働ばかりに見える。
男が言うには、これらは全て隠語やフィルタリングが行われており
承諾すると詳細を代理人が別室で説明する手筈になっているそうだ。
「大したものだ。よほど腕利きのニューロが作ったのだな」
この時代ではコンピュータを扱う技能に長けている者を様々な呼び名で呼ぶ。
ハッカー、デッカー、テクノマンサー、ニューロ、などなど。
それぞれに明確な差は無い。自分のような無知な男から見れば、だが。
ストリートキッズの言葉を借りれば「ニューロ」なのだという。
仕事の上ではこの表現を使えばまず間違いないので、自分はそう呼んでいた。
「ニューロ、ニューロか…」
男は愉快そうに酒を飲んでいる。
「何がおかしい?」
「すまん、気を悪くしないでくれ。実はこの店には謎が多くてな。七不思議と呼ばれる与太話がある。1つがそれだ。誰がこのシステムを組んだのかハッキリしていないんだ」
「他にも6つ同じような話があるのか?」
「ああ。そういう意味でも面白い店だぞ?よし、代理人が来るまでに幾つか教えよう……」
「すまない、待たせたな」
2つ目の不思議を聞いたあたりで、代理人の男がやってきた。
風体、人相、声のいずれも、自分たちを置いていった男に相違無かった。
「本当に待ったよ。色々と言いたい事はあるが、まずは結果から話そう」
そう言って、自分は男に会話のバトンを渡した。交渉は、あまり得意ではない。
「依頼された品だ。仕事は成功した……と考えて構わないな?」
男が出した端末を代理人が暫く操作したのち、頷いた。
「ええ。あの後ニュースを拝見しました。こちらの求めた通りの仕事です」
「じゃあ報酬だ。俺と、この兄さんで山分けをする。物と引き換えだ」
代理人は懐からカードを取り出すと、俺たちに2枚ずつを渡してきた。
つまり、本来は1人1枚だった計算だ。倍の収益に、俺はホッとしていた。
男は端末を取り出し、カードの情報を読み取って内容を確認している。
ほどなくカードの中に記録されている支払い保証済みのデータが表示された。
「これで最初の問題は解決って訳だ……さて、アンタ、この手の仕事は初めてか?」
「……何か粗相が?依頼から支払いまで、双方に問題は無かったと思いますが」
男と目が合う。どうする?と言うような目線だ。
俺は自分を親指で指して、男の胸倉をつかみ、一気に顔を引き寄せた。
ひっ、という小さい悲鳴と、こわばった表情がとても良く見える。
「いいか良く聞け。送ってくれた事は感謝する。だが、あの状況で逃げ出すなら、最初から運転手を雇え。ハメられたのかと『勘違い』をして、こんな具合に仲違いをすることになる」
代理人は小さく頷く。
「俺たちは、お前に置き去りにされて、自力で逃げ出さなければならなかった。当然、撃たれる。それはいい。仕事のうちだ。だが、それで死ぬ奴がいて、死んだ奴にも親兄弟や仲間がいるかもしれない、という事を忘れるな。今の仕事を続けたければな。」
今度は何度も頷いたのて、開放してやった。
逃げるように立ち去る代理人を俺と男の2人で見送る。
「殴ったって良かったんだぜ?」
「少しでも笑えばそうしていたが、あれは本気で怖がってたからな。十分さ」
「お優しい。さて、これで心おきなく酒が飲める。付き合わないか?」
「もう1杯なら付き合おう」
机にグラスが運ばれてくる。普段は飲まない、少し上等な酒だ。
「死んだ連中に」
男が言った。
顔を合わせるのは初めてだったが、それでも仲間には違いない。
「ああ、死んだ連中に」
グラス同士が、乾いた音を立てた。




