教会と境界の石、そして鴉の巣
さて、少しイメージしてみて欲しい。
君は金も食べ物も満足に無く、町を歩く浮浪者だ。
耐えかねて君はこう言う。
「助けてくれ。俺に服を。俺に食い物を。どうかお恵みを」
この都市で暮らす善良な市民はこう答える。
「嫌だね」
そんな「ノー」を突きつけられた奴に「良いとも」と答える場所がある。
「大丈夫、まだまだ数はありますよ……次。その体格だと……これかな?」
「どーも」
「はい。神はいつも見守っておられますよ!」
そういうわけで自分は教会が主催するボランティアの、施しを受けている。
服ばかりではなく食事も配っているが、この時間では望めそうに無い。
別の列に並んで粗悪なスニーカーを手に入れ、最低限度の品を調達した。
教会……狼人間である自分は、本来、避けて近づかないような組織である。
なぜならば、教会が抱える聖母殿と呼ばれる一団は、化け物退治の専門家であり
自分は退治される側の存在であるからだ。
しかしもっと『上等な』化け物退治に忙しい聖母殿の連中は、
こんな場所には顔を出さない。俺みたいな野良犬を狩る暇は無いのだ。
そういうわけで、神の名のもとに行われる施しと、それを行う連中に感謝して、
新しい服に着替え、行きつけのバーに向かった。
「おかえり。いらっしゃい、というべきか?」
バーの店主は、顔色一つ変えずにそう言って迎えてくれた。
普段利用しているバー……境界の石と呼ばれるこの店は
バーとは別に宿泊施設や道具の調達なども可能という、幾つもの顔を持つ。
「酷い『使いっ走り』(ラン)だ。鴉の巣という店を知らないか?」
「8番街にあるな。地図を用意しよう。端末は……壊れたと言っていたな。そういえば」
「済まない。今回の仕事が終わったら新しいものを用意するよ」
マスターは店の置くから印刷された地図を持ってきてくれた。
地図どおりの場所にあるとすれば、迷うことは無いだろう。
「ありがとう。ちょっと行ってくる」
「お礼はいい。帰ってきたら、酒でも注文してくれ」
酒よりもメシがいい、と答えて店を出る。
美味いか不味いかはこれから決まるのだが、楽しみがあるのは良い事だ。
鴉の巣のある8番街、と呼ばれる地区は治安が悪い。
境界の石が店を構える13番街地区も良くは無いが、それ以上だ。
賞金稼ぎや傭兵、犯罪組織が集まれば、自然に治安は悪化する。
鴉の巣は、まさにそう言った連中が集う場所であった。
真っ当な人間なら近づくことは無い。
もっとも、『社会システム登録番号を所持してIANUSという機械を埋め込まれている』
という条件に合致するような人間が、こんな場所に出向く理由は無いのだが。
地図を見て歩くと、やがて1つのビルにたどり着いた。
看板には確かに鴉の巣と書かれている。
「よう、待ってたぜ」
店の前で、落ち合おうと約束した男が待っていた。
捨てたサングラスの代わりに、新しいミラーシェードを装備している。
「依頼主が来るのか?」
「俺らを置いて帰った代理人が来るんだとさ」
代理人、と聞いて、壮絶な鬼ごっこを思い出し、うんざりした。
「どのツラ下げて来るんだか」
「案外、営業スマイルってやつじゃないか。笑顔だったら殴るが」
「殴る時は俺の分を残しておいてくれ」
どうやら目の前の男も、置いていかれた事には不満があるらしい。
その後『代理人が来るまでどうするか』という話題になり、
「飲むか」
「飲んで待とう」
そういう事になった。




