冷静と情熱
「もう首輪は外れた。俺たちを死者から生者に戻すんだ」
銃をつきつけるカレラの瞳は、怒りの炎を隠しきれていない。
カレラは一般的な企業の家庭に生まれた。
両親はいずれも企業へ人生を捧げ、委ねる事で安寧を得ていた。
不幸な企業間闘争による事故で死んでなお、従業員の家族は保険と救済プログラムで支えられる。
彼は成長し、企業の傀儡となる。それが企業に対する恩返しであろうと考えた結果あった。
だがビジネスの世界には努力賞や敢闘賞は無い。
利益を持って、会社価値と売上に貢献するという経済原理が支配している。
彼の思いは、企業にとって価値を生み出さないかぎり報われないものであった。
ある時、声がかけられた。それはオフィスを離れ、企業の闘争に身を投じる誘いであった。
日の当たらぬ影で行われる争いは、彼にとって私怨を晴らすことができるものだった。
ナノマシンの投与。戦闘訓練。非合法な取引。暗殺。全ては苦にならない。
カレラが人生を賭けるに値すると思っていたそれらは、目の前の男に利用されただけであった。
通常であれば激情にかられて引き金を何度も引いてしまいそうな怒りであった。
皮肉なことに、衝動を抑えこむことができたのは体内のナノマシンのお陰である。
「誰がお前を引き立ててやったと思っているんだ?この私だぞ」
「そうだな。そして利用したのもお前だ。私は、お前の私腹を肥やすための道具ではない」
戻せ、と唸るように告げるカレラの銃口はフェリックスの心臓を狙っている。
対するフェリックスの態度は少しも臆さぬものであった。
「撃つか?撃てんよなあ?貴様のような木偶では、私無しで戻る方法も浮かぶまい」
「戻さなければ、お前も死者になるだけだ」
銃を持つ手に力が篭もるカレラに、脚でも撃ったらどうだ、と伏が提案する。
「面白いな。貴様は雇われのゴロツキか。私を銃ごときで何とか出来るとでも思うか」
伏を一瞥したフェリックスが馬鹿馬鹿しそうにそう吐き捨てるのと、銃声はほぼ同時だった。
片膝をつくが、銃撃を受けながら痛がる素振りもなく笑い声を上げる。
「この導師フェリックスを、銃で?ハハ、ハハハ」
スーツにあいた穴から僅かな血が流れているが、そこにあるべき傷は消えている。
立ち上がったフェリックスはカレラに手をかざすと、何かを呟いた。
カレラが横に飛ぶのが僅かに早く、直後、立っていた場所に見えない衝撃が発生する。
フェリックスの攻撃に対して、カレラは避けながらも三発の弾丸を撃ち込んだ。
だがいずれも胴体に命中しているにも関わらず、のけぞる素振りすら無い。
「チッ、どうなっている……」
目の前で相手は虚空に向けて奇妙な動きをしている。
言葉では言い表せない、何とも嫌な予感を感じた。
カレラは部屋から撤退を考慮して伏を見たが、先ほど立っていた場所に伏はいない。
「こいつは止める。あれを撃て!」
指向性をもった何かに対して、伏が全力で跳びかかり、殴っていた。
鈍い音と、電流のようなものが走る。そのお陰で、かろうじて『何か』を殴っていると理解できる。
「おお!」
判断は一瞬。拳銃の射撃モードをバーストからフルオートに切り替えて片手で撃つ。
もう片方の手でホルスターから抜いたのは予備の拳銃だった。回転式拳銃。
世紀を超えてもなお、その機構が持つ信頼度と威力は変わらない。
454カスールと呼ばれる弾を射出するそれを準備したのは、対物戦闘を考慮した故のことだった。
戦闘用義体と呼ばれるものを持つ護衛がいた場合、拳銃では止め切れなかった経験がそれを選ばせた。
今フルオート射撃をしている銃は、ミラーシェード上でも確認できる残弾が次々と減って、ゼロになる。
相手は倒れる気配が無いが、ようやく真っ当な出血をしたようで、顔が苦悶の表情となっていた。
ゆるゆると相手の手が動く。再び、あの衝撃をカレラに向けて放つことは明白だ。
それを見ながら弾の無くなった拳銃を捨て、回転式拳銃を両手で保持し、相手の頭に狙いを付ける。
カレラは、冷静に考えれば、再び横に飛ぶべきだろうと理解はしていた。
だが戦闘と同時にたっぷり生まれたアドレナリン等の物質はナノマシンを凌駕した。
「死ねええええ!」
二回までは引き金を引いた。三回目を引く寸前、カレラは自身の腕と指の骨が折れる音を聞いて意識を失った。
意識を失う寸前に見たのは、頭部の一部が消し飛んだフェリックスの姿であった。




