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各々が休憩や装備の調達を終えて合流したのは、午後の8時を過ぎた頃だった。
天気は曇りだが、真夜中に雨わると天気予報が告げている。
「おあつらえ向きの夜だ」
伏がそう言った。いつもの、どこか薄汚れた衣服ではなく、小綺麗にしている。
というのも予算が出るのをいいことに、おろしたての防弾コートを手に入れていたのだ。
衣服も防刃加工で、動きを阻害しにくいまっとうな品物だった。
「……まあな」
応じるカレラはいつも通りの姿だが、同じく服は防弾モデルで銃はメンテ済みだ。
使い慣れた武器とは別に予備兵装や戦闘用のドラッグを準備していた。
ミラーシェードは銃器とリンクしており、高精度の射撃を可能としている。
「課長にはコンタクト済みです。同時に内部告発を試みましたが……」
「死人に口なし。我々がコンタクトを取るような相手は居ない」
ベイカーはいつもどおりの私服だった。
おおよそ荒事には向いてない男とて、戦いの場はある。
前線に出ない代わりに警備を騙すことで戦いに参加するのだ。
自動人形はバックアップ要員として、別所からサポートをすることになっている。
「……まぁ、そういう人員を選んで使っていたわけですね。我々のボスは」
ため息混じりにベイカーが眺める紙束には、フェリックの背景が記されている。
出世の道が絶たれて孤立している人間に声をかけて引き抜き、使い倒す。
そのスキームを支えたのは、フェリックスが持つ魔法的な技とナノマシンだ。
特命対策課というセクションを築いたフェリックスは自作自演を繰り返していた。
程々に新商品を横流す、敵対企業に情報や製品を売る。その代わりに利益を得る。
取引相手は多岐に渡るが、そのいずれとも直接やりとりするのはフェリックス自身だ。
その際の名義人として存在するのが、偏屈な占い師としての顔である。
幽霊男が逃れる方法を見つけ出すまで、スキームに綻びはなかった。
あるいは、閉じ込められていた男が伏に依頼し、ベイカーと出会うまでは。
霊廟というのはフェリックスが構築した蜘蛛の巣のようなものだった。
解析するために関与した相手に向けて対人魔法を発動させる罠。それが霊廟の正体だ。
魔法が対象を誤らないように目印にしていたものは、二人にかけられた呪いであった。
「窓際族ならぬ墓場族になるとは思いませんでした」
「だからこそフェリックスを倒す。我らが甦るために」
自分のかけた魔法が消されたことは感知するだろう、という想定の作戦は単純だ。
拠点が壊れたので違う場所を確保したと告げ、霊廟の解析報告を伝える。
その上で推測を前提とした交渉で、身分の回復を勝ち取ることが目的だった。
だが全員が、そんな思い通りに行くとは信じていない。
この連絡を持って、相手が魔法での攻撃や、別のエージェントを差し向けてくる事を前提にしている。
「ボス……フェリックスの居場所は特定しています。いいマンションみたいですね」
「交渉決裂時は、そこへ強襲をかける……か」
伏の確認に、二人が頷く。交渉窓口は自動人形の担当だ。
攻撃された際の被害を最小限に抑えるための安全策である。
自分たちがされたことをオウム返しのように行うだけではあったが、無策より良かろうということで決まった。
権謀術数を巡らせるような面々ではない負け犬の面々が、出来る範囲での策。
見るものが見れば笑って終わるような作戦であった。
しかし……結局のところ、その一手間が命をつなぐことになった。
交渉を開始しして15分も経たぬうちに、男たちが建物に押しかけてきた。
いずれも銃器を装備して、手慣れたように建物を襲撃して自動人形を破壊した。
ベスに装備させておいた爆薬で襲撃してきた連中の数を減らし、別の回線で会話を続ける
「くだらん小細工をするね」
フェリックスは、その結果を察知してか、静かにつぶやく。
ベイカーは作戦が功を奏したことに喜びながらも交渉を継続しようとした。、
「これで貴方もおしまいです。立場を回復しないのであれば、本当に端末を回収させていただきます。それが嫌なら……」
「論外だ。君たちのような死に損ないの負け犬風情に、交渉の余地があると?」
心底不思議そうな声色で返事をするフェリックスの部屋がノックされた。
人払いをしたはずだ、と意識を向けたであろう次の瞬間、ドアが蹴破られて二人が進入する。
「あるさ、フェリックス」
「これはこれは!社員研修でノックの仕方は習わなかったかね?」
「ノックしたら壊れたんだ。安物だな?今度があれば、もっとマシなのを買うといい」
本来は鳴るであろう警報がならないことを察し、フェリックスは舌打ちをした。
「……検討するとしよう」
不敵に笑う伏と冷たい表情のカレラは、フェリックスと対峙した。
外では、雨が降り始めていた。




