解放
夜明け前を狙い、静かな街に戻り、潜り込める場所を手配する。
人間相手であれば営業外の時間だったが、24時間稼働しているAI相手であれば不都合はない。
襲撃を警戒しながら、伏が先導して改な一時拠点に移った。
「あ、足が痛い……眠い……」
「車まで……破棄する必要があったかは疑問だ」
「それは……俺の発案じゃないだろ……」
全員が疲労困憊であるなか、自動人形であるベスだけが淡々と部屋を片付けている。
この部屋にはネット回線が無いが、近所の無線アクセス地点をベイカーがハッキングして利用可能とした。
疲れているとはいえ、自動人形の助けもあって仕事は確かだ。
「先方は何と?」
「昼前にはここに尋ねてくるそうです。ベス、接続を切ってスタンドアロンに。以降は自律モードで稼働」
カレラは、それを聞いて安堵の溜息をついた。壁に背を預けて静かに過ごしている。
自動人形も、ベイカーの指示で壁際で立ち尽くした状態となった。
二人にとって偏屈で差別的な老人が、はたしてどこまで協力してくれるのかという不安材料が残るが、悩むほどの頭も回らない。
「戻ったぞ」
伏が器用にドアを足で開けて戻ってくる。両手には合成食品とノンアルコールの飲み物を抱えていた。
部屋の中央まで持ってくると、飲み物は床に直接おいて食い物を差し出す。
「そんなに食べられませんよ」
「そうか?食わんと動けんぞ…嫌なら俺が食うさ。そっちはどうだい?」
自分用に買った合成肉の串を頬張りながら、カレラに差し出す。カレラはスティック状の食料を受け取り、一口かじった。
小麦粉やら何やらで固めた繊維質と栄養素が入っている食料で、味については最低限度のレベルだ。
顔をしかめて、のそのそと飲み物を手に取り無理やり流しこむ。
「飲み物はいただきます。あとは来るまで仮眠しますかね」
「俺が見張ろう。体力には自信があるし、あんたらよりはマシだろう。後で寝るがね」
「……すまん。俺も少し眠る」
ささやなか食事を終えたカレラは壁を背に横になった。
ベイカーも手元の携帯端末を弄ると、死体のように仰向けで目を閉じる。
しばらくすると、自動人形がベイカーのそばに立った。
「マスター、膝枕をしましょうか」
「ふぁ、ふぉれは……いい…」
提案に対する返事が眠気のせいで意味不明な音になっているベイカーの返事をどう判断したか不明だが、
ベスはマスターに膝枕をすることにしたらしい。ベイカーも逆らうこと無く寝息を立て始めた。
伏とカレラの、ふ、と鼻で笑う音が重なる。
伏は「おやすみ」と小声で言って、来客を待つことにした。
老人は宣言通りに、昼前に訪ねてきた。伏がそれに気が付き、ベイカーを起こして交渉させる。
寝癖のついた頭と披露具合を見て困惑した顔だったが、事情を話すと納得した。
「相変わらず、大企業というのは面倒くさいことばかりだな」
口こそ挟まないが、伏は内心で同意する。
交渉の結果、老人は金銭的な報酬と引き換えに二人の自由を請け負った。
ソフトウェアと石をどうやって解除するかと思ったら、どうやら老人は術の類も使うらしい。
呪文を唱えると、老人が持ち込んだ怪しげな装丁の端末が起動する。
端末の周囲に光の粒子が浮かび、その粒子が二人にまとわりつきながら、時折波のように動いていった。
30分ほど経過すると、老人は端末を止めて、解除の終了を告げた。
「終わった。報酬はもらうぞ」
「待ってください。どうやって終わりを判断するんですか?」
報酬を用意しながら、ベイカーが念のためです、と付け加えて質問する。
「まじないの方は、こちらを信じてもらう他はないな。だがお前たちは全員がもう、知っただろう?テクノロジーでは説明できない理をな」
光の粒子が老人の周りを覆うように流れる。
「ナノマシンの有無については……ほれ」
老人が端末を開いて見せてくる。二人が体内に入れているナノマシンの型番や情報が列挙されている。
カレラについてはベイカーよりも大量の情報が表示されているようだった。
「……信じよう」
そう答えたのはカレラだ。後で聞いた話だと、ベイカーは健康維持用のものだけで、カレラは戦闘用も含むとの事だった。
心理的・肉体的な動揺を押さえたり、致命的な失血などに対しても多少は有効に働く作用があるらしい。
そういったものがモニターされていたので、機械がウソをついていないことが分かったのだった。
老人はベイカーの健闘を祈り、去っていった。
残された三人はフェリックスに対する攻勢の準備に入る。
リサーチから襲撃までの時間は、そう多く残されていない。
「久しぶりの自由……いや、まだまだか」
ベイカーはそういって気を引き締め、再び自動人形に指示を出しながら端末越しでネットの海を泳いでいく。
解き放たれた飼い犬がいる。それを相手が気づかないだろうと思う楽天家は、ここにはいなかった。




