仕事の終わりとは
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「一人増えたと思ったが、その感じは人形か」
伏が暗闇から現れて、二人と一体が顔を上げる。
合流地点はドラム缶で焚き火を囲んでいる場所の一つだった。
郊外には時々、そのような場所が存在する。
治安は最悪に近いが、夜の闇よりも温かい炎の側で過ごしたいと思うのは
文明の恩恵にあずかれない、あるいは遠ざかった人間たちにとって当然の衝動だったらしい。
夜に諍いを起こすものは、どんな内容であれ殺されても不思議ではない。
そんな暴力と死をもって治安が維持されている皮肉な地区であった。
燃えカス(スラグス)と呼ぶ者たちもいたが、ここに暮らす人間たちからすれば、どう呼ばれても構わない。
蔑称してくる連中は、温かい部屋や食事はおろか、パンのひとつでも寄越したことがなかったからだ。
文明と切り離されているということは、今の面々にとっては都合が良い。
「まぁ、そうなるね。私では限界があるから」
「べつにいいさ。目当てのブツだ」
伏は人形には興味がわかなかったので、依頼された品を渡して"中"で起こった出来事を報告する。
何かを封じ込めていたという情報は二人にとって驚きであったが、それが追跡が軽微だった理由だと納得した。
「もっと執拗に追いかけてくる可能性も考慮していたがな」
「それどころじゃなくなった、という事ですかね」
ベイカーが何か飲むか、と勧めてくるので、伏は合成飲料水を飲み始めた。
喉がカラカラだったことに思い至ったのはそれを飲んでからだった。
「正直なところ、参ったよ。ストリートで受けてる依頼には、ほとんど化物退治なんてない」
ほとんど、という点にウソはない。伏自身も退治される化物のようなものだ。
「お前の仕事は終わりだ。これでアクセスができる」
「そうだな、依頼は達成した。あとは金を受け取るだけだ」
状況を整理しましょう、とベイカーが提案する。これは自身の首輪解除について触れられないためでもあった。
ベイカーは紙にペンで書いて、3人で囲みながら状況を書いていく。
大きく分けて、ベイカーと伏の抱えている仕事を二つに書いたものだ。
「まず伏さんが受けた仕事は完了した。石像は破壊してたわけですからね」
「そうだな」
石像の破壊、という文字に横線を引く。
次はベイカーの側だ。
「我々のアクセス権の確保、という問題については、推定ですが……解決されましたね」
受け取った石を見せるベイカー。これが生命線だと言わんばかりの顔だ。
「細かい過程は結構だが、残す所は『霊廟』の解析だな」
「そうです、カレラさん。でも大目標である端末の奪取はどうするんですか?」
む、と小さくカレラが唸る。ベイカーが担当するのは解析であったが、奪還は別に指示されていない。
一方のカレラが指示された内容は端末の奪還、あるいは破壊工作であった。
「所在がわからない。上層部の目論見は、お前の解析結果でそれが判ると考えている」
解析が終わらなければ打つ手が無い、という報告でカレラは命をつないでいる部分があった。
だからこそ前任担当者のアシスタントのような雑用すら甘んじて受け入れていたのだ。
「となると次は、どこかに襲撃をかけることになる。たったひとりで?いや、私も含めて二人?もう少しいますか」
ベイカーは何かが引っかかっていた。上層部の死。カレラとベイカー。人数。石。ナノマシン。呪い。
「さあ、な」
「さあな?とぼけているんですか」
「普段連絡するエージェントは少ない。お前と俺と課長が中心で、他はな……」
違和感が強くなっていく。単純な話、組織とはチームプレイだ。
端末の奪還であれ何であれ、ひとつの目標に向かって進んでいくのが組織というものだ。
特命対策課も例に漏れず、そのような機能を求められる。
なのに何故、カレラはそれすら知らないのか。
「課長以外のメンバーを教えていただけますか」
「ああ、構わない……」
不審そうなカレラと、何かを考えるベイカー。伏は、そのやりとりを興味深そうに眺めていた。
時々こういうことがある、と伏は思う。追い詰められた者が知恵を絞る瞬間だ。
ストリートではネズミのような弱者がが強者に喰らいつく瞬間を何度も見た。
企業でも、結局は似たようなものかもしれない。意思と覚悟が、万物を武器に変える。
伏はベイカーのことを単なる依頼人ではなく、信頼に足る相手だと感じていた。
「……なるほど、全員身元が確かなようですね。手元の端末でも該当します。ベス、君の情報では?」
「制御がありますが全員の存在を確認できます」
「その何が問題だ?」
「そう、確認できるんですよ。ベス、それじゃあカレラさんや私の情報は?」
ベスはしばらく考えこむような動作をした後、申し訳ないといった表情になる。
「申し訳ありませんが、お二人は該当しません。マスターの旧情報については死亡扱いです」
「それは……配属時の処置で……」
ベイカーは顔に手を当てている。カレラの表情は青ざめていく。
伏も何となく冊子、『この会話は記録されているか』と書く。
カレラは『ここなら大丈夫だ』と返してきた。
「つまり、つまりですよ」
ベイカーは一呼吸を置いて告げた
「我々は捨て駒として使われている。そして恐らくフェリックス課長が裏切者です」
全員に手元の石を見せつけるようにしながら言う。
「根拠は」
「前任者のドキュメント、もう一人の差別的協力者のコメント、そして今の出来事です」
ベイカーはカレラに伏せていたこと、そして石を手に入れることで自由になろうとしている事を話す。
恐らくデータ解析をしても端末には辿りつけない。仮に端末にたどり着けても、二人は殺される。
その事実に辿り着いた二人が見せた表情は、決して絶望ではない。
「上司を出し抜く。そうすることでしかこの仕事は終われないんですよ、カレラさん」
「……わかった。ナノマシンという喉元のナイフを退けて、この仕事を終わらそう」
深い溜息をついたカレラの瞳が、焚き火越しに見える。
そこには、炎のような怒りが燃えているようだった。
伏は獣のような笑顔を浮かべた。
獲物を見つけた高揚感が、彼の本能をくすぐっている。
いい夜だ、と空に浮かぶ月を眺める。
「見えたな。敵と、活路が」
全員が、頷いた。




