イージーチェイスと帰還
更新してない期間に愕然としつつ
一区切りをつけるべく着手しました
騒霊現象とも評されるこの現象は、誰ひとりとして手を触れていない物が動きまわる事象を指す。
テクノロジーにどっぷり浸かっているベイカーやカレラにとっては、想像の範囲外だった。
「こここ、これはどういう……どういう仕組でコップが浮遊しているんだ?」
「……ステルス迷彩?でも仕掛けてこない」
「理屈は知らん。だがここで問答する意味は無い。逃げるぞ」
固まっているカレラ、動揺を隠しきれていないベイカー。
淡々と指示をこなし続ける、ベイカー謹製の自動人形。浮かぶ物理インターフェース。
地面に落ちた小物は無視して、高速で飛来する上等なボールペンをカレラは受け流す。
加速した金属のペンが生み出す威力たるやは、クロスボウのそれと遜色がない。
床に深く突き刺さった高めのボールペンを見てようやく深刻さを理解した二人は出口に向かう。
「ベス!ログアウト。追尾」
ハッキングを続けていた人形が立ち上がり、小走りでベイカーを追いかける。
「やはり人形遊びが趣味か?ベスってのはお前のセンスか」
「ベ、別にそういう訳じゃない。エリザベス型だからさ。形式は古いがハイエンド機で拡張性が高い」
「服はまだしも下着まで買う必要性は疑問だがね……ふむ、どうやら追いかけてはこないか」
外に出ると大人数で搭乗できるワゴンが待っている。運転手は最初に脱出したカレラだ。
乗り込むや否や、事故を起こさないスピードで離脱を初める。
建物が遠ざかるのを眺めていると、窓ガラスが全て吹き飛んだ。どうやら間に合ったらしい。
「どうなってるんだ」
「……さぁ。でも事は動いた。あとは合流地点までゆっくりするしか無いんじゃ」
どうなるにせよ離脱までは一苦労だ。どこまで逃げればいい、といった線引はない。
追いかける奴は追いかけてくる。それこそ果てなく、猟犬のように。
警察、警備会社、非合法組織のエージェント、マフィアにテロリスト、エトセトラ……
「そうもいかないかもしれんぞ」
「え?」
「ハッキングを探知。後方から自動運転車がが追尾してきます」
人形に自動探知させていたことが事態を把握させてくれる。
説明にあったとおり、車が限界まで加速して車を追尾してくる。
「おい、その人形に運転制御を任せられるか」
「一般レベルならな。リミッターがかかってるしカーチェイスなんて無理だ!」
「構わん。足止めをするからお前と人形は運転を担当しろ。行き先はナビに突っ込んである」
カレラは懐から銃を取り出す。自動拳銃フルカスタムといったところだ。
「そ、それも支給品なのかい?」
「いいや、私物だ。弾は使い回すがな」
「そうか。いいアイディアだ。僕も"彼女"を調達したからね。ハハ、ハハハ……」
懐から取り出された銃を見たベイカーが尋ねると、カレラはニヤリと笑った。
それは同僚として見せた初めての笑顔かもしれない。ベイカーは久しぶりに職場で打ち解けた感覚を覚えた。
これがオフィスだったら文句はないが、悲しいかなここは制限速度ギリギリで追跡されてる真っ最中の車内だ。
落ち着いてコーヒーを飲んでる暇もない。
後方で車に対する銃撃がはじまる。サプレッサー付きのため耳には優しいが、それだけだ。
背後からはすさまじい音が聞こえる。車が車にぶつかる音。そして静寂。
「終わったぞ」
「振り返りたくない……」
「ストリートでの事故なんてよくあることだ」
ベイカーはコンソール画面とベスへの指示に意識を集中させる。
その後、郊外まで逃げ切ったあたりで伏の反応が復活する。
「マーカー、復活しました」
『ストレイさん?今度こそ大丈夫ですか?警備会社が来る。あと2分も無いですよ!』
『わかった。土産をもってパーティー会場まで向かうよ。そっちは?』
『さっきまでカーチェイスでした。では予定通りで……』
通信が切れた後、深い溜息をつくベイカー。
「うまくいったのか」
「そんな感じらしいですね」
聞いていたカレラもホッとしたようだった。
ベイカーはナノマシンから開放される自由への切符を手に入れた。
カレラも仕事を次のフェイズに進めることができる結果に満足していた。
全員が、この案件のゴールが近い手応えを感じている。




