そして何処へ行ったのか
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「無駄だ、そいつは起きん」
声のする方向を見上げれば、再び巨大な蜘蛛がいた。
外で襲いかかってきた蜘蛛が黒い蜘蛛であるとすれば
天井にいる蜘蛛は白い蜘蛛であった。
蜘蛛が喋る、なとど言えば外では何らかの中毒を疑われるが、この空間でそれを心配する人間はいない。
蜘蛛の声は、男性の老人めいている。
「あの像を壊しにきた、と言えば止めてくるか?」
「いいや?理由は無いな」
蜘蛛は軽々と地面に降り立つ。その図体は人間の倍はあるだろうが、降り立つときの重量は感じない。
糸や複数の脚を用い、巧みに音を殺しているのだろう。
よく見ると顔の部分は人間のものだ。蜘蛛の顔に人間の表情を張り付けたような、
奇怪さと滑稽さの入り交じる造形である。
「何せ、その破壊こそが我が望みなのだから」
「すると、依頼してきたのは――」
「私だ」
蜘蛛は、その表情をクシャリとゆがめ、伏に笑って見せた。
「聞きたい事はいくらでもあるだろうが、まずは像を壊してほしい。あの身体は惜しいが――」
そう語る蜘蛛が、猛烈な勢いで跳ねた。
跳ねた場所に糸が飛ばされており、触れた箇所から煙を上げている。
最初は吹き飛ばされたのだと思ったが、どうやら自らの跳躍で逃げたらしい。
「すまんが、その前にあれを倒してもらえんか」
「あんたが殴ったほうが手っ取り早そうだが?」
「残念だが、向こうのほうが強い。結界の主はあれでな。倒せれば周りくどい依頼など、しとらん」
外で倒した蜘蛛が小さく思える巨体。倍はあるだろう相手に銃は有効だろうか。
重火器で相手を制圧するために来ているわけではないため、伏は残弾を心配した。
飛んでくる粘糸を白蜘蛛が糸で撃ち落としてくれている。
ならば、と外の時と同じように狙いをつけ、ありったけを撃ちこんだ。
撃ちきった銃に弾丸を再装填。
熱で熱くなっているが、ためらいは無かった。
入口の蜘蛛と同様に有効ではあったが、動きは止まらない。
傷口からは黒い煙が上がっているが、再び粘糸を吐き出してくる。
「気をつけろよ、あの煙はしょうきだ。魔に縁の無い者が吸えば身体をやられてしまう」
「毒をまき散らしてるわけか・・・」
白蜘蛛が再び打ち落としてくれるが、いよいよ退路がせばまってきている。
最後の弾までフルオートで吐き出す。かなりの外殻を壊し、相手の肉を抉るが致命傷には至らない。
一方で撃ち尽くした銃は、後で修理しなければ、今度は弾詰まりか暴発か分解か。
いずれにしても致命的なトラブルを起こしそうなほどボロボロだった。
ガタが来るとはこのことか、と言いたくなる程に随所も部品が動いて壊れかけている。
「ちなみに、縁があれば?」
もう、頼れる道具は残っていない。
「あの蜘蛛のように活性化する。現世の法則を無視するくらいに」
「そりゃ良かった。ブチ殺してやれる」
伏自身が持つ、その肉体をのぞいては。
コートを脱ぎ捨てた後の変異は一瞬だった。
それが当然であるかのように腕や脚は毛皮に覆われ、爪は鋭く、堅くなる。
上半身が、背中が、前進の筋肉が変質し
頭が人間から狼めいたものになる。
服は破れてダメになったが、伏にとってはもはや関係ない。
唸り、飛びかかる。糸に絡めとられないよう左右に動きながら蜘蛛の脚に肉薄する。
蹴りが容赦なく殻と中身を抉りとった。
そこから拳、蹴り、そして手刀で更に別の脚を切る。
蜘蛛は噛みつくのか、あるいは糸を吐くのか、伏の方向を見た。
糸から察しても尋常ではない毒を持つことは明らかであったが、伏は臆すことなく顔に狙いを定める。
その身を刻まれ、蜘蛛は声にならない声を上げていた。
自らの領域に訪れた獲物をとらえるだけの作業だったはずなのに、今となっては追いつめられている。
自らの生命が脅かされている事に対して理解が追いついた時、ようやく「逃げる」という選択肢が浮かんだ。
だが、それは遅かった。
外で吸い込んだ瘴気、今も吸い込んでいる瘴気が伏の拳に流れ込む。
肉体を駆使して戦い続けてきた狼人間にとっては、当然に行使できる技術。
気の流れ、などと表現する武人もいる。
時代に適応できない代わりに、彼の血肉にはそういったものが刻み込まれいる。
顔への一撃で、さらに前へ踏み込む。次の動作を捨てた一撃。
気は気でも、魔気とでもいうべきそれを帯びた拳は、
対象の堅牢さなど無かったかのように徹り、内部を破砕する。
乾坤一擲。
次に同じ事をできるか、と問われれば否である。
だが一度やったという事を、彼の血肉は忘れない。
その一撃により蜘蛛は完全に死亡した。
最初からそんなものなど居なかったかのように、
中身は崩れて塵になり、殻も砕けて消えていった。
「カハッ」
そう言って笑った蜘蛛の老人は、ガタリと名乗った。
ガタリはこの場所に閉じこめられて以来、脱出する方法を探していたが、
出ることもできず、像も壊せずで途方に暮れていたのだという。
「どうも気配が妙だとは思ったが、狼人間だとは思わなんだ」
「幽霊みたいな事をやっているようだが、俺が何とかできたんじゃないか?」
「ああやって会話できる相手は稀だ。まして、ここまで来れる奴ともなれば更に少ない」
話を聞きながら、伏はベイカーとの会話を思い出した。
前任者は殺されたというし、今も何かに襲われているようだ。
「忍び込む際に手伝ってくれた奴が、何かに襲われている。そいつには石像の破片でもあれば良いらしいが、襲撃は像を壊せば解決するか?」
「いいや。そやつはおそらく、館のオーナーであるイカレた占い師の技だろう。だが壊せば私が何とかしてやれるぞ」
伏は「そうか」と短く答えると、銃を抜き放ち、引き金を引く。
像は吹き飛び、地面に落ちて砕け散った。
破片が砕け散る。この不可思議な空間の光で輝く破片。
中には輝石でも入っていたのだろう。
伏は、それをを適当に鉄格子越しで拾い、ポケットに突っ込んだ。
「ヒヒヒ、長かった。本当に長かった。感謝するぞ!これで報復してやれる」
老人は愉快そうに像を眺めて笑う。その笑い声には狂気が混じっていたが
なるほど、見れば老人の姿は今や白骨死体となり、それも末梢から灰になっている。
「どうにかしてくれるんだろう?頼む。それと、出口も教えてくれ」
「お安い御用だ。それを今からこじ開ける。基点が崩れれば、こんな結界なぞ!」
老人は何かを素早く唱えて地面を、その脚で突き刺した。
まるで風船のように地面が弾け、空間が弾ける。
伏は、質素ながら広めの物置に立っていた。老人も蜘蛛も見当たらない。
「――夢?」
ぽつり、と呟く声に問いかけに答えは無かったが、
代わりに控えている運転手からの呼び出しがあった。
見れば30分ほど時間が過ぎている計算になる。
『ストレイさん?今度こそ大丈夫ですか?警備会社が来る。あと2分も無いですよ!』
伏は急いで窓から飛び降り、打ち合わせ通りの合流地点へ向かっていった。
変化した姿は元に戻っているが、コートの下は全裸に近い。
逃走前提で着替えを準備しておいて本当に良かった、と自賛するのであった。。
伏が目標物を回収している一方、ベイカーは逃げていた。
念の為に身代わりを準備し、セキュリティを妨害しながら支援に徹する。
「霊廟のアクセス権を得られるなら、俺のビズでもある」
そういってカレラが付いてきた事はベイカーにとって想定外であった。
実際に鉄火場になってみると、無愛想な同僚がフォローしてくれたことは大きい。
ネットワークに直接繋ぐことは避けたい。
何が起こるかわからない、という前提となると
そもそもアクセスしないことが最良の選択になる。
命がかかったからといって、トラウマが即座に解消するような都合の良い展開は無かった。
だがそれでは役割を果たすことができないため、ベイカーは考えた。
アクセスは避けたい、しかしセキュリティを無効化しなくてはならない。
結論としてベイカーが用意したのは人形であった。
プログラムした通りにハッキングを行う自動人形。
自分はいつも通りキーボードを叩きながら作業しておきつつ、
ある程度の作業をAIに代行させる荒技であった。
これを可能にしたのは、単純に豊富な資金が使えたからであった。
作業を効率化する、という名目で申請した部品の多くは、個人では手の届かない高級品だ。
業務用のパーツなどもあり、できあがる頃にはベイカーの年収を越える、豪華で有能な助手が用意できた。
物さえあればセットアップは2~3時間もあれば十分。
その時点でカレラが今回の作戦に加わっていた。
手配などの担当はカレラの仕事であったし
単独での行動が多いチームではあるが、目的に応じては連携もあり得る。
かなりの資材を導入した結果の監視も兼ねていることは、伏もベイカーも察していた。
ネットワークへのアクセスを恐れるが故にとった、臆病者のベイカーらしい策。
だが、結果的にそれが。ベイカーたちの命を救ったのだ。
配置についた後、少し離れた場所に手配したワークスペースに陣取る。
そこから作りたての助手に代理でアクセスさえて、セキュリティを無効化することにした。
当初は順調だった。通報されるまでの時間稼ぎには成功していたし、ドローンを乗っ取る事で被害は最低限であった。
問題は、伏が消えた直後から発生する。
連絡が取れなくなる事は当初から想定されていた。
また、相手が逆に仕掛けてくる事も織り込んでいた。
想定外だったのは、相手の仕掛け方である。
ネットワークを経由した逆探知。
そして呪いとでも言うべき見えない相手の攻撃。
伏の反応がそっくり消えた直後、二人は出口の見えない防戦を始める事になった。




