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試合に勝って勝負に負けた


息を深く吸い込んで身構える。全身の血肉に何とも形容しがたい力が巡る。

爪、指、腕、足。四肢の質が明らかに人間のそれとは異なる物に変化していた。

暗所を見ていた視界は鮮明になり、耳に届く音は増えていた。

近づいてくる距離が手に取るようにわかる。呼吸音が聞こえる。あと4m、3m……


飛び出してきた一人目に対して横から蹴りを入れ、照準を向ける二人目の横腹に拳で一撃。

いくら銃器が精密射撃をアシストしてくれようとも、この距離では先に当てたほうが勝つ。

しかし相手もさるもので、一人目は倒れながらも照準を外すことなく引き金を引いた。

3発放たれた銃弾は自分の腹に熱さと衝撃と痛みを加えてくるが、貫通には至らない。

膝蹴をくらわせ、1人目を行動不能にする。


「次ッ」


先ほどの一撃で既に崩れ落ちる寸前の相手だが、容赦なく押し倒してマウントをとった。

片手で首を押さえて、もう片方の手で男の腕をひねり、銃を手放させた。


「これ以上追うなら死人が出ると伝えろ。わかったか」


首を押さえているので苦しそうな音しか聞こえてこないが、

口の動きで「わかった」と回答するのに2秒もかからなかった。


2人から端末を奪い、破壊する。他に銃器を持っていないかを確認する。

拳銃が二丁。いずれもID管理されていて本人以外は利用が出来ない。

銃から弾倉を外す。自動小銃と拳銃の弾は小遣い程度に換金できる。

まだほんのり暖かいそれを自分のポケットにを放り込んで、その場を立ち去った。

念のために背後の気配に集中するが、さらに動くような気配はしない。

これで心置きなく尻尾をまいて逃げることができるというものだ。


その後、しばらく走って手近な廃屋に身を潜めた。

警戒しながら、物陰で様子を伺うが、追ってくる気配は無い。

撒いたことを確信して、正直なところ、小休止したかった事もある。


「履いてた靴がまたボロボロだ……」


靴には規則的な感覚で裂けた穴があいている。鋭い爪が靴を突き破った為だ。

お気に入りの一足を失った悲しみが自分を襲うが、さらに上着にも穴が開いている。


「……ジャケットは、まぁいいか。しかしアンダーウェアにも穴があいてしまったな」


虫に食われたなどというレベルではない。ぽっかり1センチ程度の穴があいている。。

打たれた場所は幸いにも痣になっている程度だ。銃で撃たれたにしては上出来だ。

ポケットから弾丸を取り出して、再びしまいなおした。

落ち合うバーで報酬がもらえなければ、今回の報酬は銃弾のみとなる。

質は問題ないことは体感済みだが、それも使いかけではカートリッジ1本になるかどうか。

値段を考えるとアンダーウェアと靴の埋め合わせができれば御の字だろう。

追っ手が無いことを確認してため息混じりに立ち上がり、

合流地点を確認するために、いつものバーに戻る事にした。


もっとも、門前払いされないために着替えるのが先であるが。


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