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迷い、前へ


ここからは地図無しだ、と自分に言い聞かせて踊りこんだ建築物の中は

これまた空間を無視した、無骨な広さをたたえていた。

マトリョーシカ人形を逆転しているような空間の広がりには頭が痛くなるが

この部屋が単なる遺跡ではなく悪意を秘めた何かであることを疑う余地は無い。


電子的な罠であればバックアップも期待できるが、原始的な分だけたちが悪い。

無効化させる方法は単純明快だが、仕組みに詳しくない伏に解除方法など知るよしもない。

まして魔法めいた炎であればお手上げで、自分の再生能力を失う恐れもある。


手探りでの遺跡探索。頼れるのは最新のハッカーではなく自分の肉体のみ。

ハイテックなこの時代でそんな事をしている事が少し可笑しくなる。


周囲を伺うが、光源が不明であるものの、明かりは不要そうだった。

天井や窓から光が射し込んでいるし、壁や天井の素材自体も光を放っているように見える。


聞き耳を立てるが聞こえる音は無い。

入り口で見た札と同じようなものが無いか慎重に確認しながら、伏は先に進む。


そうして、入り口に戻ってきてしまった。


「一周してしまったのか……」


道中で入り口にあったような罠は無く

何かに襲撃されるような事も無かった。

ドーナツ状の構造をしているのだと判断したが、

そうなると一周するまでに、何も見つけられなかった事になる。


何か見落としは無かっただろうか。

壁の中に何か無いか。右手で壁をさわりながらもう一度まわる。

すると、ある位置で、壁に突いた手の指先が違和感を覚えた。

幻影の壁だ。投影すれば科学技術でも再現可能な質量のない存在。

警戒すべきは、やはりその先にある待ち伏せと罠だろう。


伏は壁に体を預け、慎重に指先で壁と虚像の境界を探る。

嗅覚も視覚も何も違和感を訴えてこないが、

入り口の罠を思い出せば、どこまで自分の感覚が通じるかも怪しいところだ。


境界の把握が終わったら慎重に顔を出す。

幻影の向こう側にわずかに顔をつっこむと、足首の位置に微かな糸が見えた。

今のところ、特に何かが動く気配はない。

糸を切らぬように慎重に足を踏み入れると、そこには巨大な鳥かごのような鉄格子の中、一人の老人が横たわっていた。


だが伏の目線は、老人ではなく、老人の横にある像に向けられている。

依頼された像と特徴は一致している。手元には銃がある。遮蔽物はあるが隙間は多い。

あとは銃で何度か撃てば、いかに石であっても砕けるだろう。


そこで伏は、次に周囲に目を向けた。

突然空から大蜘蛛が降ってくる場所に常識もクソも無い、と思い直したのだ。

考えれば考える程、あの老人も怪しい。なにせこの状況で動く気配も無いのだ。

かといって死体かと思えば、微かに呼吸しているような体の動きを見せている。


依頼を達成するだけを考えれば爺さんの都合など知ったことではないから撃てばいい。

だが、それでよければ忍び込むのではなくミサイルでも打ち込んだほうが早そうだ。

それに夢のことを思い出せば、あれは不思議な力で干渉を阻みはしなかっただろうか。


答えなど無い。それ故に苦しいのだ。

考えれば考えるほど、伏は思考の泥沼に体が沈んでいきそうになる。


「…トレイさん? 聞こえます? 野良犬ストレイさん?」


不意に、ポケットから声がした。ベイカーだと理解するのに少し時間がかかった。

老人に目を覚まされると面倒だとも思ったが、繋がった事はありがたい、と伏は思った。


「ああ、いま像の所まで来た。ついでに老人が一人。だが動く気配は無い」


老人に注意をはらい、声で会話する。

これが全身サイボーグであれば声を出す必要など存在しないが

伏は不適合な野良犬である。極めて原始的にコミュニケーションを取るより他は無い。

ついでに言うと、今使っている機種は、チープ過ぎて最新機器には未対応だ。


「よく繋がったな。そちらはどうだ?」

「まぁ生きてますよ?今のところはね。できれば早く出てきていただけると有難い。」


ベイカーの様子を尋ねると、ベイカーはどこか投げやりな調子であった。

聞けば、拠点端末の1つが怪奇現象ポルターガイストで壊れたらしい。

現場で待機していた人間は失神やパニックなどで大混乱だそうだ。


「しばらくジャミングされてましたが、教会の端末を経由したらすんなりいきました。寄付した甲斐がありましたよ。もし死んでも葬式を割り引いてくれるそうです。ハッ」

「待て、そちらで何があったかは判らんが、とにかく今の状況を相談したい。老人をどうすべきか。そこがポイントだ。外す距離ではないだろうが……」

「ふーむ……交渉で済めば済ますほうが良いんじゃないでしょうか。無理に殺す意味がわかりませんが」


通話口の近くで、声を聞いたこともない男が

『そんな甘い事で生きてられると思うか?来たぞ!』と怒号をあげた。

何かが起こっているのだろうと察した伏は短く礼を言い、死ぬな、と告げて切った。


悩んだときはシンプルに限る、と改めて思い直した男は、

自分のスタイルでやることにした。


「失礼。そこの爺さん、生きてるか?もしもし?」


伏は聞こえるように、堂々と声をかける。

殺すためではない。生きるために来ているのだ。

たとえそれが悪手だとしても、それが生きスタイルという奴だ。

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