蹴散らせど
伏が扉を蹴破った先で見たのは、森の中の遺跡であった。
いつの時代なのかは専門家でもなければ知る術ないが
その荘厳な構築物は、人間の手が入っていながらも、
明らかに、古い時代の構築物で会った。
森の中に放置された石の檻、あるいは巨大な鳥籠。
それが伏の、遺跡に対する第一印象。
混沌とした空気の正体はいまだにつかみかねているが
部屋の中に別の空間が広がっているという荒唐無稽な現実は
伏の五感に対して、確実に広がりがあると感じられるものだった。
それは、思いがけない幸運であった。
どう進むべきか悩んだ伏が、ポケットの中の端末を取り出して眺める。
通話は途絶え、通信圏外であることを告げている画面が目に入る。
使い物にならない、と画面の表示をオフにした瞬間
空から降下してくる手足の生えた黒い塊が写りこんだ。
とっさに踏み込み、遺跡に向かって疾走する。
軽々と地面に降り立った気配を察して体を反転。
視界にあるのは、成人男性の倍の体躯はある大きな蜘蛛。
その蜘蛛が降り立った場所は、先ほどまで自分の立っていた位置であった。
その脚を深々と地面に突き立て、その全身からは黒い煙あげていた。
「ミュータントか、あるいは……」
俺のような化け物か。そう言いかけた言葉を飲み込んで構える。
相手と向き合って呼吸を整えるが、気味の悪い空気が伏の配賦を満たしていく。
重み、とでも言うべきか、あるいは不快感とでも言うべきか。
最初は毒の霧か何かだと想像したが、それは自身に奇妙な熱をもたらした。
蜘蛛はそんな伏の事など気にせず、獲物を捉えるべくして
体躯に見合わぬ素早さで間合いを詰めてきた。牙、爪、脚、いずれもが
目の前の獲物を仕留めるに足りる十分な破壊力を持っている。
伏は逃げるべきか進むべきか一瞬で判断し、躊躇わずに銃を抜いて撃った。
バーストで放たれる銃弾は、消音器の効果で静かな空気の抜ける音を奏でる。
リズミカルに三回。犬生のために狙った脚に全弾が命中し、前進は止まる。
効果あり、と見た伏は続いて頭部と思しき部分に狙いをつけて撃つ。
弾は吸い込まれるように頭部へと進み、大蜘蛛の頭部を完璧に破壊した。
「何だこれは……」
伏は自分の狙いがあまりにも正確に付けられることに驚く。
気味の悪さは今や反転し、前進に活力が漲っている。
試しに距離を詰める。力を込めて前進。普段の倍は動ける。
蜘蛛は自らの身体が制御できないのか、いたずらに暴れまわっている。
余計な労力は僅かな蜘蛛の命を遠慮無くすり減らしていったのだろうか。
やがて動きは緩慢になってきた。
伏せは、そのまま踏み込んで蜘蛛の足を蹴る。
面白いように千切れ飛んでいった。
千切れ飛んだ箇所からは緑とも黒とも言いがたい液体が流れている。
「弱い、というわけではないが……貴様は何なんだ?」
問いかけに答えることを拒むように、蜘蛛の溶解が始まった。
傷口から前進があっという間に溶け、地面の染みとなり、染みは霧散する。
はじめからそんな存在など、無かったかのように。
残っているのは高揚感と、蹴り飛ばした感覚と、抉れた地面だけだ。
「結界とか、魔法空間とか、そういうのか」
伏はここに至ってようやく、そういう理解できない方法で存在している空間だと認識した。
説明を求めれば専門家は嬉々として話すのだろうが、伏にそれを聞く気は今のところ無い。
今の自分は、目標の物体を破壊するためにいるのだと自分自身に言い聞かせる。
話を信じる限り、小さな物だ。探すのも一苦労だろう。
だが、こうした空間が部屋の中にある事実は、場所が近い事を期待させた。
少なくとも、こうした空間を作った理由というものが存在するはずだ。
そうなると目の前の遺跡に入るのは何とも正しい選択のように思える。
遺跡の入口は木製の扉て封じられているが、特に鍵がかかっている気配はない。
かかっていたとしても、今の自分であれば蹴破ってしまえばいいだろう。
扉に手をかけて手前に引いてみる。それは軋みながらも、当然のように開いた。
天井から一枚、ちぎれた紙が落ちてきた。
何と書いてあるのか動体視力で捉えても、理解は出来なかった。
だがハッキリしていることもある。
罠の可能性を忘れて不用意に開けた伏に対して、矢と爆炎が飛来していることだ。
「馬鹿だ、バカだ。俺は馬鹿だ!」
先に飛来した矢を受け流し、つかみ、払い退けてバックステップ。
着地と同時に横転。自分の立っていた直線状を炎が焼き払っていく。
緊張感から一気に五感が冴え渡る感覚。それを頼りに、伏は改めて遺跡に侵入した。




