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クロス・ポイント

「……哀れなものだ。エルフは優等種だというのに、この体たらく」

「何とでもいってください。こんな環境になって!毒まで!あんまりですよ」


私は既に何杯目の酒なのか数えるのをやめて、目の前の男に文句をいっていた。

言いたい事を言える相手、というものは案外貴重な存在らしく

自分でも驚くほど、誰かに絡む酒となってしまっていたようだ。


まずいな、と空になったグラスを見て思う。老エルフの呆れ顔もぼやけ気味だ。

このペースで飲めば、きっと記憶が飛んでしまうだろう。


「得体の知れないサーバを攻略しなきゃならないし、ナノマシンを解除する触媒は手に入らない……」

「皆まで言うな。判っておるわい。おい、先に勘定しておくから差額は自分で払うんだぞ」


その表情の中に憐れみを感じ取れないほど不感症にはなれず

ゆえに余計につらく、また酒をあおってしまう。

エルフを種として見たときにいくらか人間として優越していようがいまいが

その事は私を救ってくれはしない。


どうしようもない泥沼にはまって、ゆっくりと沈み込んでいく。

気づけば身動き一つ取れなくなって、溺死するのだろう。


あの老人は店員と言葉を交わしているが、店内の音楽で聞き取れない。

こちらを一瞥すると、席に戻らずに出て行ってしまった。

後には自分だけが残される。


改めて椅子の背もたれに体重を預け、店内を見回す。

どいつもこいつも行き詰ったような顔をしている。

企業のあったエリアとは違う。どこか刹那的な、行き詰った雰囲気。


「冗談じゃない」


そう口にして、ようやくなけなしの怒りが湧きあがってきた。

ぶつける相手は今の所多すぎて困るばかりだが、怒り炎は私の心臓を強く鼓動させる。

私は私の怒りを表明したかった。たとえ明日には、二日酔いで立ち消えるとしてもだ。



ふと、そんな自分の頬を、外の空気が撫でた。

店のドアが開き、空気のあと続くようにに、男が一人入ってくる。

地味な人間だが、浮浪者とも装いや振る舞いが違う。

直観で言えば野犬めいた雰囲気のそいつは、マスターに飲み物を注文したようだった。

瓶に入った飲み物を飲みながら店内を一通り見回して、私の方もチラっと見た後で、出入り口をじっと見ながら飲んでいる。

大げさに溜息をついているあたり、誰かを探したが目当ての人物がいなかったのだろう。

じっとして待つあたり、やはり犬のような男だな、などと考えてしまう。


「お、旦那。相変わらずのお早いお着きで」


2分も経過してないだろううちに、若い男性が入店してきた。

開口一番にわざとらしく言うその振る舞いに、社内の勝ち組連中を思い浮かべる。

コミュニケーション能力も比例してるであろう、高いスキルの持ち主たちを。


「互いに時間通りだ。で、使えそうなのは見つかったか」

「すまんね旦那。少し前に活動してたハッカーがいたんだけど、もうダメでさ」


二人の他愛ない会話。きっとビジネスなのだろうが、

人材不足に悩まされるのは、どこも一緒らしい。


「もう少し出すもの出してくれればいいんだけど……あの子じゃ駄目かい?」

「勘弁してくれ。あれじゃ目立ちすぎるし、教会とは極力関わりたくない。なぜダメなんだ」

「施しはもらうのに?ハハ…悪かった、旦那、怒らないでよ。以前は『幽霊男ホロウマン』って奴がいたけど、もう死んでてさ」


耳を傾けながら勝手に同情していたが、ホロウマン、という名前で思わず息をのむ。

それは前任者とされている男の名前だった。

どこか臆病なエルフ。私が来る前に解析を担当し――そして死んだ男。

まさに幽霊ホロウのように、酒に酔った私の脳裏に、そして男たちのやり取りに、浮かび上がった。


「ま、そういう訳でね。旦那もここは覚悟を決めて……」


私はふらつこうとする足元を何とか押さえながら、二人に近づいていく。

酒瓶を握りしめたままだと気付いたのは、ビンを杖代わりに立ち上がった時だ。

男二人の冷めた目線が私を捉える。酔っ払いが近づいてくれば、そうもなるだろう。


「ま、待ってください。今、ホロウマンって」

「ああ。知り合いか?」


ホロウマン、という名前を出した途端、冷めた目線に興味が含まれてくる。

後から来た男性はさほどでもなかったが、先に来た男の方が興味を示したようだ


「はい。まぁ、その、一応、ですが。そ、それで、いま、ハッカーを探してる?違うますか?」

「そうだが……」


ろれつが回らない舌を何とか動かして、確認する。

吐く息がそんなに酒臭かったのか、思い切り顔をしかめられてしまった。


「私もね、できますよ。その、たぶん。ハッカーに頼みたいことを」

「……そうか、すごいな」

「うわ、いい酒飲んでるな……旦那、きっとこの人、企業崩れですよ」


こっちを一瞥しただけそう断言されると何故だか腹が立つ。

先ほどの怒りを思い出しながら、尋ねてみた。


「なーんでそんなことがわかるんですか。ええ?どうしてです?貴方はわかりますか」

「さぁな…」

「ま、酒が抜けたらお話しますよ。よかったですね旦那。新人さんが売り込みしてきましたよ」


そう受け取られても仕方がないのだろうか。

年功序列を重んじるわけじゃないが、新人さんという呼び名は若干腹立たしい。


「……酒が抜けたら話をした方が良さそうだ。お前はお前で、調べておいてくれ」

「アテにしないでくださいね。こっちのエルフさんの方が話が早いと思いますよ。じゃ、俺はこれで」

「おい、斡旋屋」

「あ、俺のアドレスはこちらです。他に仕事したけりゃ店主か俺に連絡ください」


アドレスを知覚の端末に表示させたあと、これ幸いと足早に去る男。

文句の一つでも言ってやろうと思ったが争いになれない私の口からは、意味のない音が出るだけだ。


「おい、話すのは明日でいいな。名前は何だ」

「ベイ、カーです」


胃袋が跳ねる。明らかに飲み過ぎて、そろそろ逆流したがっているようだ。


「判った。ベイカー。俺はふせだ。明日、覚えてればここで話そう。今日はもう帰れ。いいな」

「わ、っかりました……時間。時間は大事ですよ…タスク、タスクにいれるんで…」

「昼でいいか」


頷きながら、端末から、さっきの斡旋屋と呼ばれた人物のアドレスを拾い

昼に、伏と名乗った男性のタスクを入力する。


「私は黒焦ベイクげって呼ばれてるんですよ。『焦げ付き』をしちゃって。ベイカーだけに」

「そうか。俺は野良ストレイと呼ばれる事もあるよ」

「ハハ……では、明日に。失礼します」


長いことやっている所作は抜けない。

オフィスでやっていた動作そのままで辞去したのが、その日の最後の記憶だ。

……なるべく有言実行で、何とか。

筋書きはあるので書くだけなのですが

一人称の難しさを感じております。


お気に入りに追加してくれた方には心より感謝申し上げます。

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