活路はいずこ
電話口のカレラは、第一印象と違わぬ無愛想な声で
「30分後。金を届ける」とだけ告げて、通話を切ってきた。
直接やり取りして思うことは、互いに相手に対する思いやりが無いという事だ。
ナノマシンを打たれて、いつ終わるとも知れない特命に望むことで
お互いに余裕が無いからこそなのだとは思うけれども。
ほどなくして、カレラがやってきた。
見た目が随分と変わって、黒いスーツからカジュアルな服装になっている。
「あの、その服は……」
「ストリートであんなスーツ着て出歩けば、かえって目立つ」
「なるほど。お似合いですよ」
別に嫌味を言う気はなかったが、言ってから不安になる。
はっきり言ってしまうと、こういうコミュニケーションは苦手だ。
「……そうか。これが金だ。利用後の申請に必要な書類は無い」
「表に出ないお金ですね。このまま第三者に流しても?」
「追跡は不可能だ。利用金額は報告に含めろ。必要であれば追加の補填が認められる」
「結果が出なければ……」
「命と保険が、その利用代金を埋め合わせるだろうな」
それだけ言って、カレラは部屋を出て行った。
どんな特命を受けているかしらないが、忙しそうなのは確かだ。
私は渡されたカードをポケットに突っ込むと、掃除をしながら“友人”連絡を待った。
気が付くと事務所の中が来た時に比べて、相当綺麗になった気がする。
床に書かれた文様ついては何らかの意味があると考えて、そのままにしたが
他の部分……端末など……は、近くのコンビニで購入したウェットティッシュで消毒した。
この仕事を生きて終える事ができたら、次はこういう仕事もいいかもしれない。
スクラップアンドビルトが前提の都市で、どこまで価値があるのかは知らないが
部屋を掃除して綺麗にするという事は、思ったよりもやりがいのある事だ。
そんなことを考えていると、端末が着信を知らせたので、あわてて端末を手に取る。
発進は、待ちかねていた人物からだった。
「――メールを送ったのは、貴殿かね」
ずいぶん古い喋り方をするんだな、という事が第一印象だった。
だが古い言葉の割りに、声はそこまで年老いた感じがしない。
「はい、前の人が、貴方に連絡を……」
「……そうか」
わずかなやり取りで状況を察したらしい。
小さい声で『残念だ』といった事が、かすかに聞き取れた。
「首輪付きになった同胞よ。自由になる手を貸そう」
「ありがとうございます」
「どこかで会った方がいいだろう。不特定多数が集まる場所……たとえば酒場などでな」
しばらくして、複数個所の酒場がピックアップされてくる。
こうなるまで生活していたエリアとは随分違う場所なので
私はその中から無作為に店を選び、そこで待ち合わせることにした。
店の名前は、境界の石という名前らしい。
店の雰囲気は良くもなく悪くもなく、という程度の印象だった。
BGMが流れ、壁のモニターでは古い映画が流れている。
著作権などといった物は考慮されていないし、それに大して文句を付ける人間を探しようも無い。
もっとも映画に音声は無い。BGMもやかましく無い程度の物だ。
何も注文しないで座るのも気まずいので、合成ウィスキーのロックを頼んだ。
飾りにおいておくには、丁度良いだろう。
やがて店に1人の客が入って、まっすぐ自分の机に向かってきた。
「待たせたな。貴殿が後任か……見たところ調子が悪そうだが、大丈夫か」
「……元々こんな感じです」
「そうか。悪く言う気はなった。許せよ」
そう言って現れたのは、一見すると年老いたように見えるエルフだ。
目尻の皺や頭髪の長さ、無造作に伸ばされたヒゲが、余計にそんな印象を与えてくる。
慇懃無礼な言動も相まって、年齢がまったく読めない男だ、というのが私の結論だった。
「……ナノマシン、何とかできるんですか」
「ふむ、単刀直入だな。結論から言うと解除可能だ。ただし、条件付きでな」
「条件とは。多少のお金なら何とか用意できると思いますが」
「それも大事だが、私が付ける条件は、解除に必要な触媒の準備だ」
そういうと老人は首を指差した。有線でデータを送ることを示すジェスチャーだ。
私は既に昼のアクセスで思い出した『焦げ付き』でげんなりしていたが
今更後には引けないと、思い切って相手から差し出されたケーブルを、自身に接続した。
眩暈は一瞬。不快感を誤魔化すために、飾りにする予定だった酒を舐めるように飲む。
送られたデータには、どこかの地図と奇妙な石造りのオブジェが表示されていた。
「これは?」
「解除に必要な触媒だ。オブジェの持つ石がひとかけらでも有れば、直に解除できる」
「とてもナノマシンを解除する道具だとは思えませんが」
老エルフはニヤリと笑うと、別のデータを送りつけてきた。
どうやらナノマシンの解析結果のようだ。
「詳細はあとで読むがいい。要点を伝えよう。貴殿らが打たれたナノマシン自体を解除しても、貴殿らは死ぬ」
「なぜ?まさか電子的な問題ではなく、これも……」
「左様、魔術的な問題だ。ナノマシンが止まる事で、呪いとでも言うべき魔術が発動する処置が施されているのだ」
詳しいギミックまでを尋ねる気にはならないし、真偽について議論する気もなかった。
ハッキリしているのは、目の前の老エルフ以外に自分が縋ることのできる物が無いという事だ。
どちらを選ぼうかなどという贅沢は、今の自分には与えられていないように思える。
「……持ち主に譲ってもらうわけにはいかないんですか?」
「無論、そうできるなら構わん。だが所有者の占い師は、これを嗅ぎ回る者に刺客を差し向けているようでな」
「なるほど。何だ、私にはお手上げじゃないか」
ケーブルを抜いて、残った酒を一気に飲み干す。熱い。
こうなる前も法に触れる仕事をしていたので、そこまで酷いショックは無い。
だが、自分が生きる為に、自由になるために必要な労力を考えると、飲まずにはいられなかった。




