成果主義の片鱗
登録先にかけると、課長は4コール目で応答してくれた。
「早速だね。何かあったかな?」
「あっと……その、経費のことについて質問がありまして」
「ああ……君は随分と仕事熱心なようだね。何か必要な物が出てきたのかな?当面の活動資金としてカードを3枚渡そう。今日中にはカレラに届けさせるから、受け取るように。報告を楽しみにしているよ」
そう言って通話は切れた。
私は使うアテも無いのに手元に来る、大雑把な金銭の取り扱いに軽い眩暈を覚た。
以前の職場であればカード1枚相当の支払いでも、面倒な手続きと幹部の承認が必要だった。
ましてや先渡しなどという事は、私の知りえる限りではあり得ない。
裏を返せば、今の状況が『何よりも結果を出す』事を求められている証左だ。
今のところ、先任者の“ご友人”が返事をくれる気配は無い。
届いたカードは、その人に対する報酬として使うことはあるだろうけれども
他に気の利いた使い道は浮かんでこなかった。
端末を置いて簡素なベッドに体を預けていたが、気分は良くならないままだった。
あまり機会は多く無いけれども、身の丈に会わない酒を大量に飲んだ事を思い出す。
些細な事でそうなる時もあれば、最悪の思い出が自分を苦しめた時もあった。
結局、自分自身の思い出に呪われた果てに、ここで今も苦しんでいる。
自分の頭の仲で、滑車を回し続けるネズミの妄想が離れない。
「ダメだな……少し外を歩こう」
私は重たい体を無理やり引きずって、動くことにした。
近所の様子を知ることは無駄じゃないと思っていたし
ようやく自分が空腹でいる事に気が付いたからだ。
周辺にはコンビニエンスストアと、個人経営のファストフード店が一軒。
他は同じような雑居ビルと、遠くの方に何軒かの店が見える。
暫く建物の周りを歩いてからファストフードで食事にしようと決めて、
ビルの裏手に回ると、どうやら酒を飲める店があるようだった。
こんな形じゃなければ、思ったよりも充実しているのかもしれない。
そんな事を考えながらファストフード店に入り、メニューを眺めた。
個人経営の割には良心的な値段となっており、主にハンバーガーが売り物らしい。
もっとも、パンで具を挟むものをハンバーガーと呼ぶのならば、だけれども。
「ハンバーガーと、コーヒーを……暖かいので」
「エルフの菜食主義者向けに専用のメニューもありますよ」
「あ……いや。私はそういうエルフではないので、結構です。ご親切にどうも」
「いえいえ」
中年の店員は、こんな環境では何の期待もしていなかった応対をしてくれた。
こういう個人の店では機械相手に買い物をするケースが珍しくない中で
貴重なサービスだ。私は、きっとまた来よう、と思った。
たとえ、目の前でスマイルを提供している店員が
店員が身長2メートルにも迫り、凶悪な顔と角を持つトロールだったとしてもだ。
椅子に座って、ハンバーガーの包みを開く。
パンに合成肉、ピクルスにケチャップとオニオンという伝統的なスタイルは
期待通りのチープな味と、予想以上の暖かさが嬉しい。
冷たい炭酸を飲みたい誘惑があったが、今の自分には温度が必要だと感じていた。
ゆっくりとハンバーガーを食べてからコーヒーをすすり、これからの事を考える。
コーヒーは苦味より酸味が強めの、合成されたコーヒーであった。
天然モノなんて最後に飲んだ記憶もおぼろげだ。
まず、前任者が構築したコネクションであるエルフの協力者と会う。
次に自分のナノマシンを無効にできるかどうかを確認し、可能なら無効化する。
そうしたのならば、後はとにかく正体不明のサーバを解析して報告をする。
最初の報告では可能な限り、相手が求めているものを探らなければならないだろう。
解析しろ、という命令だけでは、あまりにも漠然としすぎていた。
あまりにも雑すぎる。
軽い運動と、満足な食事。落ち着いてきた脳をカフェインが起こして、
ネズミのイメージと引き換えに、そんな感想に辿りついた。
冷静になればなるほど、あまりにも取ってつけたような状況だ。
わざわざ雑居ビルを借りて端末を設置する理由があったとしても
もっとフリーランスで優秀な人間を使えば、確実に終わるだろう。
エルフだから、という条件も妙だ。
前任者の言っている事が本当だとしても、やはり他にもエルフはいるだろう。
そもそも最初の認証を越えた後にセキュリティを解除してしまえば
私を使う理由は、その瞬間に喪失するはずだ。
ナノマシンは本当だとして、私が死んだら次を探すのだろうか。
確かに利用価値は薄く、多少の汚れ仕事を請け負ってはいたが
それにしたって、殺されるほど悪い状況だったとは思えない。
食事を終え、空になったコップとハンバーガーの包み紙をゴミ箱に捨てる。
「会社は、私に死んで欲しいでしょうか……」
捨てられたゴミに自分を重ねかけ、頭を振ってその考えを否定した。
今の自分に必要なのはネガティブなイメージではなく、生きる為の方法だ。
とはいってもカレラが金を持って来るまでは、掃除でもしていよう。
そう決めて道を歩いていると、ビルに戻る途中で聞きなれない電子音が聞こえてきた。
支給された端末は、カレラからの呼び出しを注げている。
私は暫く考えて、応答のボタンを押した。




