笑顔の絶える職場です
「15分で荷物を纏めたか。上々だ」
私の名前を呼んだ男は、腕時計で時刻を確認すると足早に出て行った。
残った男たちは、私が出て行くのを待っているようだ。
逃げ出さないように監視をしているのだろう。
いざ纏めると、自分でも驚くほど、持ち出すような荷物は少なかった。
端末。文房具。何年も使っている紙のノート。
それを箱1つに詰め込んでしまえば、他はゴミしか残っていない。
大半はデータに変換されてしまっているし、大事なものは頭の中にある。
箱1つ。それが私の抱えている、今までの仕事の重さだ。
それが多いのか少ないのか、良いのか悪いのかは判らない。
ハッキリしているのは、これから私は最悪に向かうという事だけだ。
荷物を抱えて何年か通ったビルを出る足取りは、重たい。
だが、後ろに立つ連中が、私に立ち止まる事を許してくれるわけでは無い。
「乗れ」
ビルの前にワゴンが止まっており、先ほどの男性が扉を開けて待っていた。
見た目は普通の業務用車だが、内装の厳めしさが、彼らの仕事を雄弁に物語っている。
今さら逆らう気も起きずに乗り込むと、ほどなくして車が動き出した。
周りを見渡す。気軽にジョークを飛ばしてくるようなお調子者や
人を黒焦げ呼ばわりするようなタイプは、居ないようだった。
「ベイカー。君には前任者から引き継いでもらう仕事がある」
「……私に何を期待しているんですか」
「あるデータベースの解析に当ってもらう」
そういうと、銃を向けたきた男が、端子を引っ張り出して私に渡してくる。
同期しろ、という事なのだろう。私の心的外傷も知らずに。
「申し訳ありませんが、私は……」
「……概要だけ説明する。後で端末で確認しろ」
端子を差し出した男は、自身の首にケーブルを戻す。
その様子を見ると、この男は全身義体の持ち主のようだ。
説明によると、完全孤立となったデータベースから
データを回収する特命が下ったが、その特命を遂行中に
技術的な問題に行き詰まり、今回、私が呼ばれたようだ。
エルフの技術者というだけでもは、社内を探せば何人か居るはずだ。
私のような者ではなく、より効率的な情報処理が出来る人間が。
「なぜ私なのですか」
技術が認めてられているかもしれないというわずかな希望。
あるいは、心のどこかで考えていた絶望を知るために、そう尋ねた。
「死んでも、構わないからだ」
「……前任者は」
「死んだ」
詳細は後で確認しろ、という男の声は、いくらか沈んで聞こえた。
私は、質問の答えになっていない、という言葉を飲み込んで
今までの人生を、後悔しながら振り返っていた。
車はどこか知らない場所へと向かってゆく。
どこかは判らないが、楽しい職場でない事だけは、確信できた。




